教育福島0221号(1999年(H11)9月号)-037/52page

[検索] [目次] [PDF] [前][次]

心に残る一冊の本

友の贈り物 

県立郡山東高等学校教諭 

鈴木邦子

鈴木邦子

「今度出版する本の題名は『この生命を凛と生きる』にしたの」と久しぶりの電話で大石邦子さんが語っていた。昨年の八月下旬に発売されたこの本は県内でも大きな反響があり次々と増刷された。高校時代の友人である大石さんは二十代の初めに不慮の事故に遭い、長い闘病生活の後、下半身麻痺となった身体を車椅子に託する生活となり今日に至っている。私は「凛と」という言葉の響きにはっとさせられた。大石さんの場合、何度も生死の間を彷徨し、家族や多くの善意に支えられてきた?命?であり、彼女の苦悩、葛藤、怒りを知っている分だけ、この本の題名に込めた思いが伝わってくる。実際本を手にした時の思いは感動を超えた衝撃が走った。年月の流れは看病され癒され煩悶してきた魂を昇華し、多くの人々の心を癒し、励まし生きる力を与えていくのである。執筆活動、講演、ボランティアと幅広く行動している姿が語られている。 

六月の中旬、郡山東高校でも講演をしていただき、全校生に深い感動と勇気を与え、そして現在自分がすることは何かを考えさせてくれた。最近は義務よりも権利を主張する風潮が強く、妙に物分かりよい人になりたがる傾向が見られ、しかも責任は他に求めたがる。私自身も何やかや言い訳することの多い生活を恥ずかしく思い「凛として」は一服の清涼剤となった。車椅子の身で、年老いた母親の看取りをした体験の中から看護・医療・福祉を取り上げ、様々な問題を提起している。彼女の周囲に集う若者に注ぐ眼ざしのあたたかさもこの本から伺うことができる。「凛として」とは自己の内面を充実させ自分に厳しく、他には優しく、労りの心を示すことだと語っているのだろう。 

新しい世紀に人間が守り伝えていかなければならない大切なものを考えさせてくれる珠玉の一冊である。

本の名称:この生命を凛と生きる
著者名:大石邦子
発行所:講談社
発行年:一九九八年八月二十六日
本コード:ISBN四-〇六-二〇九三二五-一



癒す人癒されたい人 

県立相馬女子高等学校教諭 

相原陽子

職員室の廊下にこの本が山積みされていた。生徒の夏休みの課題図書だそうだ。タイトルを見ただけで、胃のあたりが少し暖かくなった。

本書は北海道の塩狩峠で実際に起こった事件を小説化したものである。鉄道職員が自らの命と引き替えに乗客を救ったのだが、それが自己犠牲のためなのか、単なる事故でそうなったのかは議論の余地があるそうだ。しかし、自分の命をなげうって列車が谷底に落ちるのを防いだ『永野信夫』という人物は筆者の中に確かに存在している。 

永野青年はクリスチャンであり、信者として模範的な人物であった。人々にも慕われ、尊敬されていたが、愛する女性との結納の日に事件が起こる。 

彼が聖者だったとするならば、この小説は聖者の立派な生涯をつづった物語で終わりであろう。しかし永野青年は悩み、苦しみ、キリストを疑ったりもする人間であった。ただ人生の疑問に対する答えが最終的にキリスト教の中にあっただけである。

多くの日本人にとって、『神様』との接点は冠婚葬祭だけに留まっているので、ピンとこない話かもしれない。しかし、世界的には何十億もの人々が宗教と共に生きているのだ。 

最近『癒し』に対する需要が高まっている。日本人の誰もが疲れており、ヒーリング音楽やアロマテラピーといった『物』が注目を集めている。しかし、『物』が本当に『心』に効くのだろうか。対照的に、常にキリスト教の教えに従い、隣人の為に行動していた永野青年の心は満ち足りており、多くの人々の心をも『癒す』ことができた。 

日本経済が落ち込み『お金』という価値基準が壊れた現代において、本書は私達に多くのことを教えてくれる。

本の名称:塩狩峠
著者名:三浦綾子
発行所:新潮社
発行年:一九七三年五月二十五日
本コード:ISBN四-一〇-一一六二〇一-八


[検索] [目次] [PDF] [前][次]

掲載情報の著作権は情報提供者及び福島県教育委員会に帰属します。