教育福島0222号(1999年(H11)10月号)-037/52page

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心に残る一冊の本

心に残る一冊の本 心に残る一冊の本



モモと時間の世界

県立あさか開成高等学校教諭

菅野多美子

菅野多美子

幼い頃、「今」はどこにあるのか不思議に思った。未来から過去に変わる瞬間だろうか。あっという間に過ぎる時間と、なかなか進まない時間がある。「時間」とは何なのか、頭の片隅にある疑問だった。

私は教員になって『モモ』と出会った。モモという女の子を主入公とする児童文学で、時間をテーマとした興味深い物語である。

作者エンデは、時間を失った人々とその失われた時間を取り戻すモモを描いた。人々は時間を「無駄」にしないように仕事を急ぎ、お互いを思いやる時間や心を豊かにする時間を「無駄」な時間と考えて節約し、やがて仕事にも生活にも苦しさを感じるようになった。一方、モモはその「無駄」な時間を持っていた。モモと話をし、モモと遊ぶとだれもが自分の持つ様々な力に気づき、生きていることが楽しいと感じることができた。時間が持つすばらしい力をモモは知っていたのだ。

「時間を大切にしよう」「時間を無駄にするな」と私たちも言う。その「大切」な時間や「無駄」な時間は、誰のためのどのような時間を指すのだろうか。生きる楽しさを感じる時間=今を充分に生きること=を削った先にあるものは、自分の存在意義を認めることのできない殺伐とした社会だろう。時間はひとりひとりの心とともにある。時間を大切にすることは、ひとりひとりを大切にすることである。そこには生きる力が生まれ、豊かな社会が創られるのではないだろうか。

『モモ』の魅力は、時間というテーマだけでなく、ファンタジーの世界の魅力でもある。読むたびにモモとともに探検し、想像の世界に引き込まれる。私に与えられた時間の花はどんな花だろうか。カシオペイアとともに歩いたら、どんな世界が見えるだろうか。想像は尽きない。

本の名称:モモ
著 者 名:ミヒャエル・エンデ
発 行 所:岩波書店
発 行 年:1984年4月20日
      第18刷





また読みたい、私の一冊

梁川町立梁川小学校教諭

木村至郎

木村至郎

『素直な戦士たち』を初めて読んだのは、高校三年生の時。受験勉強の息抜きとして何気なく選んだ一冊であった。母親が受験戦争に勝ち抜く子供を作り上げようとする内容は、田舎育ちの私にとって、かなり衝撃的であった。ちょうどその頃、学習塾で鉢巻をしめ、猛勉強する子供たちの姿がテレビで放映された。本の中の世界とオーバーラップして、子供たちが哀れに見えたのを覚えている。

教員になってからも、本棚整理の時に読み返したことがあった。その時、気になったのは『素直な戦士たち』の行動である。長男は、教育ママに従順なのだが、時折、衝動的な行動をとってしまう。指令を受けるばかりの戦士は、母親のいないところでは自分の感情をコントロールできないのである。私のまわりにも、同じような子供がいたので、慌てて生徒指導の本を読んだ記憶がある。今、問題になっている「キレる子供」の一つの姿が、十五年以上も前の小説の中に書かれていたのである。

これを機会に、また読み返した。今度は、一児の父親として、育児をする場面に心を奪われていた。まるで、ロボットを組み立てるような人間味の無い教育が成功するはずがないのに、である。「多少勉強ができなくても優しい子に」などとは言うものの、この本の中の教育ママと同じ自分が存在することを情けなく感じた。

この本は、単に学歴社会を批判したものではない。子供の心を見つめることを怠り、自分勝手な理想を追い求める大人に対し、皮肉を交えて警告したものだ。残念ながら、社会がこの警告を聞き入れたとは言い難い。我が子が受験する頃にはどうなっているのだろうか。もう一度、この『素直な戦士たち』を読み返したとき、今と同じ課題を抱えていないように子供の心を見つめていきたい。

本の名称:素直な戦士たち
著 者 名:城山三郎
発 行 所:新潮社
発 行 年:1982年3月25日
本コード:ISBN4-10-113313-1


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