教育福島0223号(1999年(H11)11・12月号)-023/48page

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日々の想い

随 想

日々の想い

ずいそう



一丸となって

藤田義一

藤田義一

ここ川谷は、那須連峰のすそのに広がる白河高原に位置し、四季折々いろいろな様相を見せてくれる。春はまばゆいばかりの緑、夏はさわやかな風を肌で感じさせ、秋は山々が鮮やかに紅葉し、冬は辺り一面白一色となり厳しい冬を迎える。このような自然に恵まれた環境の中で、本校生徒四十六名が伸び伸びと学校生活を送っている。

本校に赴任して今年で三年目。厳しい冬は.一度越したことになる。朝七時三十分、氷点下十度近くまで冷え込んでいる体育館に、「おはようございます」「お願いします」と凍てつく寒さをよそに、温かなあいさつが響き渡る。このようにして本校生徒の約半数が自主的に朝練に出てくるのである。

厳しい冬も終わり、春の息吹きが感じられ、那須連峰の雪も解け出すころ、ようやく外のグラウンドで練習ができるようになる。生徒も私も久しぶりの土の感触に心が躍る時である。このような時、「先生、私たちは陸上競技は得意じゃありませんが、みんなが一生懸命練習しているのを見ていて、何かお手伝いをしたいと思います。砲丸拾いや高跳びのバー上げをやってもいいですか」と五、六名の女子が私の所へ来たのである。「ありがとう。練習をしている仲間が喜ぶよ」

こうして、中体連陸上大会へ向けて本格的な練習が始まったのである。結果は、西白河支部大会で四種目の優勝、その中でも女子の四百メートルリレーは初優勝である。この時、私は決勝ゴールで競技役員として仕事をしていたが、わが目を疑ってしまった。無理もない、こんな小さな学校がリレーで優勝するはずがないと思っていたからである。そして、県大会では砲丸投げで優勝、走り高跳びで二位、三種Aで七位という結果であった。これもみな、ひたむきに努力する選手、それを支える保護者の方々、さらには、生徒や先生方が一丸となって支援してくれたからである。

好きな陸上競技の指導ができるのも、すばらしい生徒たちがいるからである。そして、こんな小さな学校でも「やればできる」ということを、私に教えてくれた純朴な四十六名の生徒たちに感謝しながら、今後も生徒と共に日々努力していきたい。

(西郷村立川谷中学校教諭)




わからない人は手を挙げて

小林圭子

小林圭子

私の学校に月に二回やってくるALTのジェフ先生は、アメリカ出身の好青年です。子供たちは、先生の授業を心待ちにしています。彼が廊下を歩いていると、遠くにいる子供からも声がかかり、職員室の前ではたちまち子供たちの人垣ができます。

私たち職員もジェフ先生の来校を楽しみにしています。彼は日本語の習得に熱心で、中国語が堪能なこともあり漢字も苦にならない様子で、この前は四年生の国語の教科書を辞書も使わずに読み、私たちを驚かせました。

私たちは放課後、ジェフ先生を囲んで歓談することがあります。家族のこと、休暇中の旅のこと、彼は片言の日本語で、私たちは片言の英語で、何とか会話を楽しむ


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