教育福島0224号(2000年(H11)1月号)-040/48page

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心に残る一冊の本

心に残る一冊の本 心に残る一冊の本



人間愛と自然愛

会津若松市立一箕中学校教諭

五島喜代子

五島喜代子

一九七〇年、星野さんは、新採用教員として群馬県高崎市倉賀野中学校に着任し、二ヶ月後の六月十七日に部活動において跳び込み前転から前方宙返りの練習中、首から落ち、第四頸椎前方脱臼骨折頸骨損傷という大けがをしてしまいました。回復の見込みなく、顔と頭の神経以外全身動けなくなってしまったのです。私も同年に新採用になったばかりで、この事故の事は全く知りませんでした。十数年後私は、水彩画の教材を得るために水々しく描かれたアイリスの絵のカレンダーを買い求めました。

しかし、それは単なる水彩画ではないことがひと目で分かりました。花の下には「黒い土に根を張り、どぶ水を吸ってなぜきれいに咲けるのだろう。私は大勢の人の愛の中にいてなぜみにくいことばかり考えるのだろう」と心に浸み渡る詩画でした。私は星野さんという人間性に触れてみたいと思い、さっそく「愛・深き淵より」を手に入れ一気に読みました。内容は九年間の病院生活でのけがとの闘い、一生体が動かない自分と母との葛藤、苦しい道から自らが見い出した口に筆をくわえて描く詩画の世界、支援してくれた大勢の人への感謝、故郷に帰って自然の愛に包まれて描くこれからの人生などについて飾らず綴っています。

私は、この本と制作している星野さんのビデオを写生の指導に活用してきましたが、いつの日にか新しい題材に生かすことを忘れかけていました。しかし、昨年十月の息子の入院・看病の間に三十年間の教員生活や母と子のつながりについて考えるようになり、再びこの本を手にして自分を見つめ直すきっかけになりました。 

花を描き詩を書きそえる星野さんから人間愛と自然愛を読み取ることができました。体の中に筋のようなものがはっきりできた気がします。十数年前に出会った詩画と共にこの一冊を今後も大切にし、自分の生き方に迷った時何度も読み直したいと思います。「淡い花は母の色をしている。弱さは悲しさがまじりあったあたたかな母の色をしている」

本の名称:愛・深き淵より
著者名:星野富弘
発行所:立風書房
発行年:1981年1月10日
本コード:ISBN4-65-144006-8




「生きる」とは〜命の尊さ〜

県立岩瀬農業高等学校教諭

佐々木芳幸

佐々木芳幸

昨今、新聞やテレビなどで人の命に関わるような事件、環境問題や放射能による人体への悪影響など頻繁に報道されることが多いように感じる。私は、理科の教員として、また、人間として、命とは何なのだろうと考えさせられることがある。私は、幼い頃から祖父に戦争の話などをよく聞き、その悲惨な様子や人の命の大切さなど教えられたものである。最近は、都市化や核家族化が進んで、なかなか昔の貴重な話を聞いたりする機会が少なくなってきているのも事実である。

そんなとき、二十年近く前に読んだ「野火」という本をふと思い出すことがある。この本の内容は小さいながらも、あまりにも衝撃的で、頭に焼き付いて離れないものであった。戦争という一つの出来事で多くの命が奪われ、生死の狭間でいかに自分の生きる道を探し、その命をつないでいくかなど、小説といえど心に残るものは多かった。また、単に、生命だけにとらわれず、自分の信念を持って、生きていくための道を切り開いていくために必要なものは何かと考えさせられた。

世界では、七億人以上の人たちが飢餓に苦しみ、空腹のまま就寝するといわれている。現在のわれわれの生活の中では、多くの“いのち”を奪われる危機に直面することはほとんど考えられない。豊かな生活、飽食ニッポンの中で過ごしており、命の大切さを考えることは少ないであろう。しかし、人はいろいろな場面でそこに直面する。私自身、最も身近な肉親をひとり亡くしたこともあり、生命の尊さは身をもって感じている。

いつかは迎える人の死。人間はそれぞれの道を切り開いて生き、その生命を全うするのか。いかに“生きる”か。 生命の重さを考えさせられた一冊であった。

本の名称:野火
著者名:大岡昇平
発行所:新潮文庫
発行年:1998年
本コード:ISBN106503-9


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