教育年報1981年(S56)-114/308page
2 教職員人事・任用
(1)人事異動の概要
昭和57年度高等学校教職員定数は中学校卒業者数が前
年に続き「丙年」生まれの影響による生徒数減に伴い、
募集定員610人の減、学級数では全日制14学級、定時制1
学級の全体で15学級が減になったにもかかわらず、教諭
等の定数については、前年比36人減の3,930入を確保す
ることができた。また、養護教育については、児童・生
徒数の減により6学級の減となったが、須賀川養護学校
(病弱)高等部の設置により教諭数は前年度と同じ493
人であった。
なお、病弱養護学校分校を除くすべての養護学校に昭
和55年度より年次計画により介助員を配置し、57年度
には9名となった。
1) 新採用について
県立学校の新採用志願者は、東北6県同一試験日の
実施2年目で、前年に比して96名少ない1,064名であっ
たが、一次及び二次の選考の結果、名簿登載数は90名
でありそのうち83名の教諭採用をみた。
2) 校長への昇任
校長への昇任は、その職責の重要性にかんがみ、資
格・人物・指導力等を十分考慮のうえ、教頭から8名、
教育庁関係から現場復帰による4名の登用をみた。
これらの管理職は、できる限り自分の専門性を生か
せるよう適材を適所に配置し、適正な学校管理運営を
するよう努めた。
3) 交流について
本年度も昨年同様の方針にのっとり、本庁・各駐在
管理主事及び校長会との密接な連絡のもとに、同一校
永年勤続者の交流に努めるほか、とくに昭和44年度以
降採用者で、採用後引き続き同一校に3年以上勤務す
る者を含めて、443名の教諭の交流が実現した。
経験豊かな教員の転出が促進されたこととともに、
定時制、通信制及び盲・聾・養護学校と全日制高校と
の交流が進んだことは、教員組織の強化充実に資する
ところがあり、全県的に教育水準及び教育効果の向上
に役立つものと期待される。
(2)昭和56年度末県立学校教職員交流基準
1) 一般基準
教職員が専門職として幅広い学校経験を有すること
は極めて重要であるとの観点に立ち、
ア 全日制と定時制・通信制との交流
イ 高等学校と特殊教育諸学校との交流を促進する。
2) 勤務年数による基準
各学校の教職員組織の充実と均衡化を促進するため
ア 同一校に10年以上勤務した者
イ 採用後引き続き同一校に3年以上勤務した者は交
流の対象とする。
なお、ア、イにおける勤続年数の算定基準は次の
とおりとする。
(ア)本校から同一校の分校に継続勤務の場合(逆の
場合も含む)その勤続年数は別個に算定する。
(イ)校名変更並びに合併又は分離により引続き新設
校に勤務する場合の勤続年数は通算する。
3) 学校群による基準
教職員組織の均衡化をはかるため、県内を県北・県南・
会津・いわき・相双の5地区に分け、各地区ごとに所在
する学校を、地理的特殊性を考慮し、A・B・C群に分
類し交流を促進する。
A・B・C各群の学校は別表のとおりとする。
ア 昭和44年度以降採用者は、原則として採用後15年
以内に2地区以上及びA・B2群の学校いずれも勤
務させるものとする。
イ(ア)A群については、原則としてへき地校間、分校
間の交流は行わない。
(イ)B群については、原則として同一市内間の交流
は行わない。ただし、いわき市は除く。
(ウ)C群については、同一市内間の交流は行わない。
。 地区・群別学校分類は、いわゆる学校のランクづ
けを示したものではない。
地区、群別学校分類表
地区/群 A B C 盲聾、養護(A群) 県北 福工(定)川俣(定)保原(定) 川俣 梁川 保原安達 福島 福女 福商 福工 盲 大笹生養 安達(安)安達東 福島中央 二本松工福農福農(定)福島北 福西女 福島東 聾(福島) 県南 安積(御館)郡山北工(定) 本宮 須賀川 須女 岩農 安積 安女 郡女 郡商 聾 郡山養郡山養(安積) 湖南 長沼 矢吹 塙工 棚倉 東白農商 石川 郡北工 郡山 白河 白女 須賀川養 東白農商(鮫川) 小野 田村 船引 白実 須賀川養(郡山) 小野(平田) 安二 須二 西郷養 石川養 白二 会津
(南会津)会工(本郷) 耶麻農 西会津 喜多方 喜女 喜商 喜工 会津 会女 若女 若商 聾(会津) 会津中央 会二 猪苗代 大沼 坂下 会農 会工 須賀川養(竹田) 川口 田島 南会津 只見 猪苗代養 いわき 遠野 いわき中央 小名浜水 内郷 湯本 小名浜 勿来 磐城 磐女 平工 平商 聾(平) 磐農 勿来工 好間 四倉 平養 平養(翠ヶ丘) 相双 浪江(津島) 富岡(川内) 双葉 浪江 富岡 小高 相馬 相女 原町 相農 富岡養 相馬(飯舘)新地 双農 小高工 福島東高校については完成年度までの3か年間に限り、学校群による基準は適用しない。