-野外観察の手びき-浜通りの地層と川原-092/170page
常磐炭田
ハアーア 朝もはよからヨオ カンテラさげてナイ
坑内通いもヨオ ドント主のためナイいわき地方といえば,かつては日本産業のエネルギー源となった石炭の産地,常磐炭田が思い出されます。
常磐炭田は,北は双葉郡富岡付近から,南は茨城県日立市付近まで,南北90q東西は5〜25qの地域です。ここでの石炭は,新生代古第三紀の砂岩屑や頁岩層にはさまれて,阿武隈山地の東縁に露出しており,地層は東側に傾斜して,産地を越し太平洋の大陸棚までのびております。
江戸時代末期に発見され,明治から昭和にかけ採炭され,戦後の日本再建の一翼を担っていました。昭和24〜25年の最盛期には,およそ120余の炭鉱が稼働し出炭量は400万トンを越し,九州,北海道に次ぐ大きな炭田でしたが,石炭から石油へのエネルギーの変遷で斜陽化し,次々と閉山してしまい,ズリ山だけが淋しく各地に見られます。
常磐炭田の確定炭量は,4億トンといわれ,年産400万トン出炭したとして,100年の寿命があり,大陸棚に眠る海底炭田を含めると,埋蔵量は,さらに倍加されるといわれています。