研究資料分類基準G2-04高等学校社会科「現代社会」の研究-109/170page

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資料2) ベドウィンの遊牧民・羊飼いのサリムの生活
フセイン(50)の次男サリム(18)と同じアンマル一族で,同名,同年齢のサリムといろ少年がいる。フセインの亡父の弟にミスフェル(70)というおじいきんがいて,その次男だから,フセインとは父系のいとこである。この少年を見かけることは,たいへん少ない。50頭の羊・ヤギ混成群を,」人で責任をもって放牧しているから,サバクの放浪が毎日の生活そのものなのだ。
ヒンズークシやカラコラムのような山岳地帯のサバクで私がかつて見た羊飼いは,夜明けと共に羊群を追って出発するが,夕方には必ずまた帰ってきた。しかしここでは,出発は朝のこともあれば夕方のこともある。寝る場所はむしろ出先のサバクであることが多い。たとえば6月20日から21日という時点でのサリムの行動は,別表の通りである。
放牧をめぐる一周期が31時間15分。昼寝は無視きれ酷暑も無視され,全生活を羊群のペースに合わせてテントには家畜に水をのますためにのみ帰り,4時間いただけでまたサバクヘ行った。だからサリム少年のような,家族の中での放牧担当者は,ひときわ日にやけて,雪やけしたエスキモーのように顔が黒い。日やけによる皮むけも加わって,鼻のあたまやひたいなどがボロボロになり,さんたんたる顔をしている。
この表に示した6月20,21の両日は,私たち自身もサリムに従ってアブヒダードを出発した。ロバも1頭つれてゆき,水や食物などを運ばせた。約50頭の羊とヤギの群れ。これは「羊群」で"「ヤギ群」でもなく「ガナムという一次名詞で呼ばれている。この一群のボスは「ミジェミン」という名の3歳のオスヤギである。50頭のガナムの中で,成長したオスはこれ1頭しかいない。ミジェミンという固有名詞のボスは,ひときわ体格が大きくて,立派なツノを誇っている。このオスはあまりにも威張っていて,周囲をヘイゲイすることに熱中するため,草を食う時間が他の連中よりかなり少ない。当歳の子ヤギが5頭,道草をくって一群からおくれたときなど,裏声で「アウ」というような声を数回くりかえして呼びかけ,子ヤギをせきたてた。
一方,サリムは,いろんな叫び声をあげて「ガナム」を誘導する。羊やヤギは歴史の古い家畜ではあっても,たとえば犬や馬などより人間とのなれあいが少ないようだ。左とか右とか命令する言葉が約束されていない。悪くいえばバカだが,良くいえばドレイ根性がない。仕方がないから,サリムは行かせたい方へ自分が行って「ウルルルル」などと呼ぶ。順調に進んでいれば「オアウ」とか「オーエ」とかおとなしく呼びかけるが,横にそれると「アーッ」「ターッ」などと全力をあげてどなる。羊飼いもらくな仕事じゃない。口笛に類するものは全くきかないので,あとで聞いてみると,口笛をふけばヘビがくるという言い伝えがあるからだそうだ。
アブヒダードから20キロほど西北西に離れた放牧地へ午前11時すぎにつくと,サリムは「ガナム」をあまり移動しないように落着かせた。昼寝するという。テントもないのに。この酷熱のサバクで……。
サリムの放牧日程
(6月20日)
午前 4.20 お祈り(終ってまた寝る)。
6.00 起床出発のため水なと準備ヤギの乳とナツメヤシの食事。
6.45 羊とヤギ50頭をつれて出発。
11.10 放牧の主目的地に。
午後 0.15 灌木の下で昼寝。
4.30 起きて,羊群を少し移動さす。
4.45 エクト(乳製品)とナツメヤシの食事。
5.00 放牧を続ける。お祈リ。
6.30 羊群を1ヵ所に集結。
7.00 お折り。
7.30 サパクに眠る。
(6月21日)
午前 4.00 起床。お祈リ。うす暗いうちから放牧。ナツメヤシとヤギの乳の食事。
5.00 アブヒダードのテントの方向へ出発。
10.00 テントに帰着。家畜への水くみ作業。他の家族も手伝う。
午後 0.00 テントでお茶をのんでひと休み。
2.00 お祈リ。
2.30 放牧に出発。

 

(本多勝一著『アラビア遊牧民』講談社文庫 P120〜122)

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