研究資料分類基準G2-04高等学校社会科「現代社会」の研究-108/170page

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資料1) 牧畜民の世界

それではこの辺で牧畜ということについて考えてみよう。はじめに注意しておかねばならないのは,牧畜の種類であって,遊牧,移牧,定住的牧畜の三つに分けられる。「遊牧」は英語でいろとパストラリズム(Pastoralism)。ここで日本語の「遊」の字は遊撃手,遊軍などの場合とおなじく,「つねに移動する」という意味であって,動物とともに人間の集団が移動をつづけるもの。無文字社会における牧畜のほとんどすべてはこの形態であるといってよい。二番目の「移牧」はトランスヒューマンス(transhumance)とよばれるもので,平地の家畜群を夏の酷暑期には高山の牧場で飼い,冬が近づけば山から降りるといった定期的な移動を,毎年くり返すのがこれである。最後の「定住的牧畜」は,とくに注釈を加えるまでもないが,いわゆる近代的牧畜はこれに入るのである。
そこで次にこの牧畜の起源について考えてみよう。農耕の場合には穀物栽培の出発がひとつの革命的なものであることは前に述べたが,牧畜の場合にはどうなるのだろうか?この点について梅棹忠夫氏は群れ生活を送っているような野性有蹄類を狩猟の対象としている狩猟民のあいだの一つの家族,あるいは一つのバンドが,移動する野性有蹄類の群れにそのままくっつき結合することによって牧畜が始まったのだ,と考える。ただしこの際,その動物の乳をしぼって食用に供すること,オスを去勢しておとなしくし労役に使うことができるようにすること―つまり乳しぼりと去勢という二つの技術の存在が前提になって,はじめて牧畜民になりえたのだと指摘している。
なおおなじく牧畜民といっても,およそ四種類に分けることができる。第一は北の果てツンドラ地帯のトナカイ遊牧民(シベリアのツングース族ほか。スカンジナヴィア半島北端部のラップ族など)。第二はキ1央アジアのステップ(広大な草原地帯)におけるウマまたはヒツジを主力とした遊牧民で,モンゴル族やキルギス族など。第三は砂漠とオアシスにおけるラクダとヤギを主力とする遊牧民口西南アジアのいわゆるオリエント地方や北アフリカの諸族。最後に第四がサバンナ(草原のあいだに木がまばらに生えているところ。アフリカの高原部の大部分はこれで,ライオン,ゾウ,キリンなどの野獣がたくさん住んでいる)におけるウシ牧畜民で,東アフリカからスーダン一帯にかけて住む。
これらの四種類のなかでもっとも古く家畜化されたのはおそらく中央アジアのヒツジであって,これにつづいておなじ中央アジアのウマが家畜化きれた。このステップにおいて,北方の森林から進出してきた狩猟民がこうした大型有蹄類の群れをつかまえ,そこに第二の型の牧畜民が生まれたというのが梅棹氏の推測だが,他方,これと大体おなじころ,オアシスでの農耕民がヤギを飼うことをおぼえ,そのうちの一部がこの家畜をもってオアシスの周辺部に出ていき,ここに第三の型の遊牧民が生まれたという。あとに残った第一の型のトナカイ遊牧民は,ずっと最近になって遊牧を始めたものであるらしいし」第四のウシ牧畜民も,比較的新しい時期にアジア方面から牧畜ということを学んだようなので,この二つは起源論のうちからはずしたほうがよさそうである。

(祖父江孝男著『文化人類学入門』中公新書 P68〜70)


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