研究紀要第41号 学習指導の個別化 個を認める研究 - 015/044page
しかし,現実の授業ではどうであろうか。“個を認める働きかけ”は,当然のこととされながらも,その具体的な手だてがなかったために,おろそかにされてきたのではなかったか。たとえ,“個を認める働きかけ”が授業の中で行われたとしても,それは,単発的,即興的,偶発的なものになりがちではなかっただろうか。われわれは,この,だれでもが陥り易い事態に着目し,個に応じて,“意図的・計画的に”個を認める働きかけの有効性を,小学校の国語科と算数科の3回ずつの授業研究と,実験期間前後の教師及び児童の意識調査によって探ってきた。その結果,意図的・計画的な個を認めるはたらきかけの有効性を確認することができた。しかし,研究を推進する過程において,いろいろな問題点が指摘されてきた。ここでは,その.主なものを述べて研究の反省としたい。
(1) 基盤としての人間的ふれあい
個を認めるはたらきかけをするには,何よりもまず,教師と児童,児童と児童の暖かい人間関係がその土台になければならない。これがなければ,働きかけの効果はきわめて薄いといわざるを得ない。特に,学習集団としての学級づくりを考えるとき,暖かい人間関係の醸成に大きなファクターとなるのは,教師であろう。
ところで,授業(または教室)の中での教師の児童に対する働きかけは,さしづめ,キャッチボールに例えることができよう。
すなわち,教師は,まず一人一人の児童に適した球を投げてやり,その後児童一人一人の投げるボールを受けとめて,一人一人の一球一球に,適切な指示を与える必要があるだろう。バウンドしたり,大きくそれたり,ゆるすぎたりしても,教師はそれを全身で受け取めてやらなければならない。そして,なぜコントロールが悪いのか,なぜスピードが出ないのかという処方を,一人一人に適切に示してやる必要がある。そのうえで,前よりもコントロールがよくなったり,スピードが出たりしたら,それを心から認めてやることであろう。いうならば,個を認める働きかけは,教師が,児童一一人一人の投げる球の重さを,全身で感じてやることからスタートする。そして,実はそこから,教師と児童の間の,児童と児童の間の望ましい人間関係が培われて行くものであろう。
(2) 個のとらえ方
次に,児童の個性をいかにとらえるかという問題がある。本研究では,性格の把握をY−G性格検査と教師の観察記録により,学力の把握を知能検査・学力検査・学期末評定・事前テストの結果などを手がかりとした。従来,ややもすると,学習指導のための児童理解の方法として,学力の把握に力点がおかれていたように思われるが,個に応じたはたらきかけをめざすとき,一人一人の個性を的確に把握することの必要性を,学力の把握と同等に重視したい。
個性把握の方法としては,各種性格検査を利用すれば,より客観的な把握が可能であろう。しかし,教師自身による観察記録によっても,それに近い個性把握が可能であろう。教師と児童の,児童と児童の暖かい人間的ふれあいの中から,一人一人の児童の個性を的確に把握していくことが大切であり,そのような教師の観察眼を養いたいものである。
(3) 個を認める場
さらに,個々にとらえた児童の個性や学力に応じて,授業展開のどこでどのように,個を認める働きかけをしたらよいのかという問題がある。この問題は,国語科・算数科の授業研究を通じて,常に論じられてきたものであった。
まず,「どのように」という,賞賛,励まし,受容,共感,叱責などの個を認める働きかけの具体的な方法については,すでに,V研究主題の解決策で述べてあるので,「どこで」という個を認める場について考えて見たい。
教科によって,学習内容によって,一時間の授業の中で個を認める場はいろいろあるであろうが,児童に大きな内的報酬を得させることのできる場は,いわゆる授業のヤマ場といわれ