研究紀要第67号 「事例を通した教育相談の進め方に関する研究 第2年次」 -059/066page
G.物質常用
1.概念
物質常用障害(DSM−V)とは,元来薬物の 乱用(abuse),依存(dependence)といわれてい たもので,覚せい剤,麻薬などの医薬品を常用す ることの障害を指すものであるが,医薬品外のい わゆる毒物及び劇物取締法で摂取や吸入を禁じて いる物質,トルエン,酢酸エチル,これらを含有 するシンナー,接着剤,塗料および充てん剤など の常用による障害をも含む概念として用いている ここでは特に児童生徒に多く見られる医薬品外の 物質(シンナー等とよぶ)の常用障害について述 べる。
2.現状
シンナー等の吸入の現状を補導少年の推移から 見ると,全体としては滅少の傾向を見せているが これは,主として高校生の滅少によるもので,中 学生はむしろ増加の傾向を見せ,昭和59年では高 校生を追い越している。
― シンナー等補導少年(福島県警本部) ―
年次
56 57 58 59 60 年 (1〜10月)
学識別
総 数 1,316 1,009 985 808 599 小学生 1 1 3 0 0 中学生 123 121 129 151 81 高校生 296 205 197 109 82 大学生 2 0 0 0 0 その他生徒学生 16 14 28 4 15 有職少年 559 374 306 230 188 無職少年 319 294 322 314 233 この現象は中学生の発達等からみて,今後十分 注意をして指導にあたらなければならない事象といえる。
3.シンナー等の薬理作用
実際に児童生徒が吸入のために用いている物質 は,シンナー,ラッカー等の塗料,ポンド等の接 着剤,それに純トロなどとよばれている純度の高 いトルエン等がある。吸入すると主成分のトルエ ンや酢酸エチルの蒸気が肺胞から吸収され,簡単 に脳内に移行し,強い中枢神経抑制作用(麻酔作 用)を示すといわれ,実験によれば,濃いシンナ ーの蒸気にさらされたマウスは容易に麻酔され, 遂に呼吸停止を来たすという。
使 用 薬 物 シンナー 市販シンナー成分
メーカーと編成(%)
K B T D S M G 成分 酢酸エチル 15 10 20 6 12 20 酢酸プチル 10 35 20 5 - - 5 酢酸アミル - - - 5 - - 4 酢酸イソプチル - - - 5 5 - - メチルアルコール - - - - 11 11 - プチルアルコール 5 15 10 - - - 5 ベンゼン 30 - - - - 7 - トルエン 25 50 30 65 71 66 66 キシレン 15 - - - 1 4 1 トリクロエチレン - - - - 3 - - メチルエチルケトン - - 30 - - - - その他 - - - - 3 - - (科警研 : 大木らによる)
ボンドG17 1. トルエン 36 % 2. トルエン 33 % ノルマルヘキサン 29 ノルマルヘキサン 24 酢酸エチル 7 メチルエチルケトン 13 クロロプレン系ゴム 28 クロロプレン系ゴム 30 麻酔作用は極めて大きくトルエンはクロロホル ムと同じで,エーテルの4〜5倍.酢酸エチルは クロロホルムとエーテルの中間と強力な作用を示 す。このようなことから,シンナーによる物質常 用障害の本質は,その強力な中枢神経麻酔作用に よる酩酊状態で,勾覚はそのための意識障害また は可逆性の脳障害によると考えられる。
さらに,物質常用障害が進めば,フラッシュバ ック(flashback phenomenon)が起こるといわ れている。 (川崎市精神衛生センター・県立医 大神経精神科)
フラッシュバックというのは,シンナー吸入を 中止して一定期間経過した後に,吸入時と同じよ うな幻覚などの再出現を見るというものであり, 大変恐ろしいものである。こうした神経精神作用の はか身体症状も多様である。
・薬理作用 ・有害性 <粘膜・皮膚の刺激> ア.反復吸引による慢性中毒症 流涙,唾液,鼻汁の分泌,胸やの <成長阻害> <造血機能障害> どの痛み,結膜炎 悪性貧血化,白血球数の減少 <神経系・消化器系症状の発生> <視神経障害> 視力低下,角膜混濁 めまい,耳なり,頭痛,不眠, <消化器障害> 食欲不振,下痢, 悪心,嘔吐,食欲不振,心悸亢進 嘔吐 息切れ,脱力感,手足のしびれ感 <肝機能障害> 肝臓肥大化 <循環器への影響> <腎臓・副腎障害> <循環器障害> 血圧降下,呼吸抑制,不整脈, <てんかん様発作> 瞬間的な意識の 心拍数減少 そう失 (昭和58年 福島県教育委員会)