福島県教育センター所報ふくしま No.19(S50/1975.1) -006/026page

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3. 高等学校における「日本の音楽」の捉え方

日本の音楽の教材化や構造化をはかる視点として

(1)日本の音楽の特質を指導内容の基本とする。

伝統音楽を比較音楽学的な考えに立って,一つ一つの日本の音楽の特質を西洋音楽のそれと比較学習することである。注意することは,二つの音楽的特質を対立させてその優劣を学習するのではなく,特質の背景としての音楽観や美意識のちがいを明確にし,それぞれに高い価値のあることを享受感得させることである。

ア, 日本の音楽の要素的特質

要素的特質には次の八つが考えられる。

要素 特質(特性)
1.音素材 音高 ・音域はそう広くなく特に低音域はあまり使われない。男と女がほとんど同じ音域で歌い、 高音域もあまリ使われない。
音量 ・洋楽のffとかppのような大小の音量は少なく、mfからmpの範囲で、非常にデリケー トに使われる。
音色 ・洋楽では楽譜を多用するが、日本人は噪音の中にも美しさを感じて多用している。声は 自然な地声をもとにして各種ごとに独特の声に練り上げている。楽器もそれぞれ独特の噪 音を含んだ音を出している。
2.音組織 音律 ・音楽の十二平均率に近い十二律であるが、各音間の幅は平均化されず種目や 演奏者によって異なる。
音階 ・基本的に五音音階で、階名として宮商角徴(変徴)羽(ちう)が使われ.宮は主音を 表わすことばとして使われている。日本の旋律は完全4度の音のわくを基礎 に動いている。(Tetrachord)
3.リズム 拍節的でないリズム ・民謡の追分にみられる拍節がわからない無拍のリズム(自由リズム)が、日 本の音楽にはかなり多い。
拍節的なリズム ・日本の音楽の拍節的なリズムは基本的には二拍子または二拍子系である。
長短と強弱 ・洋音の強弱のリズムでなく表間、裏間の二拍のまとまりである。
速度 ・全体に遅めのテンポであるが、次第に速くなる緩急法である。(位どり、序破急〜雅楽)
リズム型 ・慣用的リズム型(雅楽、鞨鼓〜かたらい,もろらい。能〜りゆうづけ、手配 り,手組みなど)
ポリリズム
(複リズム)
・二種類以上のリズムが同時に進行するリズム,音高を伴えぱ多音性となる。 (かけあい)
4.旋律 声楽の旋律 ・シラピック旋律(1シラプル1音的,ことばと内容の伝達を重視)とメリス マ的旋律(1シラプル多音,旋律の動きや美しさに重点),装飾的な こぶし,雄律型(順次進行が原則で,オクターブの跳躍は目だたせる意識で 用いられる),開始法(音の起こしの準備があり,強い緊張で始めることを 避ける傾向があり「ハヤシ」を入れたりする。終止法(洋楽の半音上行終止 はなく,上行長2度4度と下行長短2度が多い。)類型的旋律(慣用句)が多い。
器楽の旋律 ・終止法,頬型的旋律は声楽と同じ。全体に声の旋律に比べて跳躍が多く,音 域も広い。歌と伴奏との「ずらし」と「かけあい」
5.多音性 ・多音性と異音性(ヘテロフォニー)
6.音色 音色の尊重(日本人の自然観の音楽への反映),純音(楽音)の追求ばかリ でなく噪音の導入によってより複雑な効果を出している。心理的美学的表現 〜暗い,明るい,重い,軽い,かたい,柔かい,悪声,美声,渋い声,しっ とりした声など。生理的表現〜鼻声,地声,裏声,胸声,頭声など。楽器の 構造と技法から種々の音色の変化を求めている
7.楽式 ・洋楽のシンメトリーの考え方よりも連鎖の考え方が強いのが特色。純音楽的 な要請よる楽曲形式よりも,戯曲,演劇,舞踊の要請から生まれた楽曲 形式が多い。
8.楽譜 ・口伝口授が多く,楽譜が音楽の弘布よりも教習に重きをおいた,そのため各 種目,各流派のせまい範囲にのみ通用した。日本の楽譜には奏法譜が多く, 楽器の奏法譜(孔名,弦名,勘所),口三味線,(三味線,箏),雅楽の笛, ひちりき,笙,能管の「唱歌(しょうが)」など。

以上の日本の音楽の諸特質を「基礎」「表現」「鑑賞」の諸領域の学習指導の中に構造化をはかり,日本の音楽を享受できる感受性を育てることである。

イ, 日本の音楽の総体的特質

「西洋音楽が他の芸術から独立して一個の芸術として固有の地位を,はやくから確立していったのに対して,日本の音楽にはむしろその逆の傾向があり,他の芸術に結びつき,総合芸術の中において独自の存在価値を示そうとしてきた。」(星旭: 日本人の心と邦楽より)これは洋楽と日本の音楽の大きな相違点であり,特質である。実際の指導にあたってこのことを十分認識していないと,西洋音楽の指導と同じような扱いでは,日本の音楽は十分理解(わかる)されない場合が多い。日本の音楽には,他の芸術(演劇,舞踊など)と結びついているものが多く,純粋に聴くための音楽よりも,見るため,なにかのための音楽が多い。いいかえれば日本の音楽には視覚的要素が多く,純粋な音楽独自の作品は少ない。このことは指導上十二分に留意して,視聴覚機器等の活用によって日本の音楽をより身近かに親しませる工夫が必要である。

(2〕日本の音楽を歴史的流れの中で日本人の心と音楽の特質を知る学習

過去の伝統音楽が,どのようにして創造され,その時代の人々にどんな性格や役割をもっていたか,どのような社会や個人によって享受され,さらには次の文化を創造する上にどのような働きがあったか,音楽の歴吏を通して変遷,発達を総合的に学習することは,日本人の心と日本の音楽の特質をより深く理解するとともに,未来への日本の音楽文化の創造にもたしかな素地を培うものである。

幸い高等学校では,国語,社会(日本史,倫理・社会)の教科で日本の音楽と係わりある事項を多く学習しているので,それらと関連を密にし,側面からも日本の音楽を理解できる創意が必要である。

各種の日本の音楽の発生,発達とその社会背景を簡単にまとめてみると,


日本の音楽を教育的見地から音楽の学習に取り入れられる最古のものは,古代後期の雅楽からで,それ以後現代まで13世紀におよぶ歴史的流れのなかで,どのようにして文化の創造的活動がなされ,どのような杜会で授受されて発達,変遷したか,永い間に培われてきた日本人の心と特性,それらの歴史的背景を音楽を通して学び理解することが,日本の音楽学習の縦糸であり,そこに日本の音楽の特質の横糸を系統的,有機的に織り成していくことが本学習の要点である。そのためには教材の精選と構造化をはかり,日本の音楽がごく自然に身近かなものとして学習できる配慮が必要である。


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