福島県教育センター所報ふくしま No.23(S50/1975.10) -003/026page
段階であり,児童の個々の予想と典型資料による教師の誘導とのぶつかりで,社会科においてはもっとも白熱する場面としている。
2.探究学習一方,探究学習(inquiry)は,アメリカの最近の教育改造を契機として生物学者シュワブによって唱えられた科学的学習法である。それは,科学の成果を「結論の修辞術」(rhetoric of conclusion)−−暫定的な結論を決定的で疑う余地のないものとして説得すること−−として探究するのではなく,その成果を生み出した過程を探究する学習を重視するのである。
わが国の社会科で唱えられている探究学習は,シュワブのそれとはかなり異なり,諸資料の活用による社会事象の本質の究明を中心課題として,その課題の解決の過程で中心概念としての基本的な教材による知識・理解の実質陶冶と情報処理能力育成の形式陶冶との統合を図るところにねらいがある。(「社会科基本用語辞典」より)
大野連太郎氏の提唱する探究学習方式では,その学習過程として,次の4段階をあげている。
1. 問題の設定
とりあげた研究テーマに関連して,どこに探究すべき問題があるかを確認する。そのため研究問題の設定というほうが,その本質をよくあらわしている。問題設定のためには情報が必要であり,低学年では,児童たちの経験の中にある情報を基盤にするだろうし,高学年になればなるほど,新しい情報を求め,それをもとにして研究問題を設定するだろう。問題の設定ということは,とりあげた教材の本質の探究にふさわしい形でなされなくてはならない。「どこで何がとれるのだろうか。」「そこでは,どんな仕事をしているだろうか。」という問いも問題でないわけではないが,それでは,あまりにも探究ということが知識的な情報を集めるということにとどまってしまう。「これとこれは,どこにそのちがいがあるのか。」「このつながりの中で,いちばんたいせつなことは何か。」というように,とりあげた社会現象の本質の究明が可能な形で問題が設定されなけれぱならない。
2. 仮説の設定
仮説をたてるということは,とりあげた研究問題の本質に対する子どもたちの事前の解釈である。したがって単なる思いつきや感想では仮説とはならない。「それはおそらくこうなっているのではないか。」「こういうつながりがあるのではないか。」「そのちがいでいちばん大事なのは,この点ではないか。」というように子どもなりの解釈が加わっていてはじめて,仮説の設定といえるであろう。さらに重要なことは,その仮説は検証されなくてはならないものであるから,仮説をたてるということは,その仮説の検証方法がたてられていなければならない。つまり,どうしたらそれが証明できるかということについての見通しがたてられなくてはならないはずである。
3. 検 証
検証は,設定した仮説を証明するために,必要な情報を集めることから出発する。そして集めた情報を分析し,その中にどういうデータ,つまり事実がかくされているかをとりだすことがその次に行われる。そして,とりだした事実と事実との間にどういうつながり,関連があるかを組み立てることが行われる。この過程は「事実認識」から「関連的は握」へともよぱれている。検証は,このくりかえしであり,このくりかえしを通して次第に仮説の証明が行なわれるのである。
4. 結論の吟味
検証を通じてとりだした「結論」,それがどういう限界をもっているか,どういう背景のもとに成り立つものであるかを明らかにすることが結論の吟味である。一般には,学習の最終段階は,学習してきた内容を整理し,要約したり,一般化したりすることをまとめといっているが,探究学習における必要なまとめは,検証を通じて明らかにした結論はどんな限界をもっているかにある。したがって,次に何を探究しなければならないか。残された問題を明らかにすることにある。そこから,次の探究が始まるからである。
4段階中,特に「問題の設定」と「結論の吟味」が重要視されている。問題の設定があいまいであれば,次の学習段階である仮説の設定も検証もスムーズに展開ができなくなるからである。探究すべき問題が児童自身の頭の中にイメージ化し,はじめて探究意欲がわくのであり,意欲を持続させるには,探究に値する問題,追究に値する問題が設定されなけれぱならない。また探究した結果としての科学的概念,すなわち極めて転移性,発展性の高い中心概念を定着させる結論の吟味がうんぬんされるわけである。
3.探究学習と発見学習シュワブの探究学習もブルーナの発見学習も,教育内容やカリキュラムの現代化運動の学問性の尊重と基本的慨念の重視と表裏一体の関係をなす新しい学習方法として大きな意味をもっている。そうして児童の主体的な活動を発見,探究の学習活動を通して促すものとして軌を一にするものである。探究学習は,発見学習をその方法論的過程としての探究の観点からさらに深めたものであり,探究学習方式は,さらに情報処理能力の育成という点から再構成した方式である。このことは,前述の学習過程における重点のかけかたの違いに見出すことができる。
発見学習が「仮説にたかめる」段階を重視するのは,知識生成過程をたどる発見への手順・方法を学習者が主体的に獲得することなしには発見的手法が生かされないからである。また,探究学習方式が「問題の設定」「結論の吟味」の段階を重視するのは,強じんな探究意欲なくしては,学習の進展は望めず,しかも情報をみずから