福島県教育センター所報ふくしま No.23(S50/1975.10) -023/026page

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科 学 随 想


第 2 研 修 部 柴 田 宣 教



庭に2,3坪の池を掘って,金魚でも飼ってみようとする。冬のうちは良かったのであるが,水ぬるむ頃となると池の水が緑色に濁り,汚ならしくなってきて,とても金魚の観賞どころではなくなってしまう。困ったことだと,水の循環ろ過装置を取り付けてみるが,一向にききめがない。しかたがないから新しい水を入れかえる。一ニ目は良いのだがまた緑に濁ってしまう。こんな経験をした者は,私ー人ではなかろう。

ところが3年目の今年は様子が違って来たのである。春になっても,夏が来ても水は一向に濁ってこない。池の底に沈んでいる落葉までくっきり見える程透明なのである。いったい何がおこったのだろうと,いぶかっていた。当教育センターの中庭に飼育用の水槽がある。7月の或る日,この水槽をのぞいて,私はなる程と思わずさけんでしまった。その水槽の一つには水草(マツモ)が一面に繁殖しており,他方には睡蓮が一株植えつけてある。水草の繁殖している方の水槽の水は透明であるが,もう一方の水は緑色ににごっているのである。実は昨年から私の小池の水中には,どこから運ばれたのかわからないが,水草(エビモ)が生えはじめていた。それが繁茂して,今年は池の四分の一ぐらいを占めるようになっていたのだ。

水が緑色に濁るのは,水中に植物性のプランクトン(徴小な藻類)が繁殖するためであり,しかもこのプランクトンは小さくて,ろ過しても取り除けないのである。プランクトンが植物性であると言うことは,水中のニ酸化炭素を吸収して光合成を行い,築殖する筈である。ところが水草が繁茂すると,水草に多量のニ酸化炭素を吸収されてしまって,緑のプランクトンが繁殖できなくなるのではなかろうか。私はこのような仮説を立ててみた。専門外の私ではあるが,そのうちこの仮説を検証してみたいと考えている。

それにしても,環境破壊・ヘドロ・赤潮・天敵農薬など昔は聞かなかった言葉が使われる今日である。あらためて自然界の微妙なバランスを感ずるわけである。


情 報 処 理 教 育

−中学生もコンピュータに親しむ−


第 3 研 修 部



昨年度までは主に県立高校の生徒が通所し実習をしているが,今年度から県北中の見学に続いて中学生が電子計算機と取組むことになった。それは,夏の休業を利用し実際に電子計算機に接し,自分達がくんだプログラムを通してみようとはるぱる遠くからやってきた小野中の数学クラプの生徒達である。幸い八島先生というよき指導者を得てその熱心さは驚くべきであり,理解度の高さは高校生にも劣らないものがある。情報処理教育の普及が低年齢化し,広範囲にわたっていることは喜ばしいことである。

−カードにパンチする小野中生−
−カードにパンチする小野中生−

−コンピュータ室での実習−
−コンピュータ室での実習−

小野中生の感想文の−端をかかげてみよう。

小野中学校 3年 村 上 祐 司

「私にとってコンピュータという物は,未知の機械でした。しかし,実際に自分の手で操作してみると案外身近かなものに感じました。

教育センターでいろいろな物を見せていただき,いろいろな事を教えていただきました。(中略)カードを入れボタンをおし,あとはラインプリンター装置から答えが出て来るのをまつだけでした。その時の気持ちは,不安と感動でいっぱいでした。そして,ラインプリンター装置から答えが出て来た時は,とても感激しました。」


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