福島県教育センター所報ふくしま No.32(S52/1977.8) -006/033page

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ようにしなければならないというのにつきない。学習指導本来のものでなければならない。このことに十分心しなければならないであろう。「いかす」の語義をみると,(1)よみがえらせる。(2)生きながらえさせる。(3)特性を十分発揮させる。役立たせる。活用する。(4)引き立たせる。とある。これによって考えてみると,学習においては,その負の状況におちいっているのを救済し,治療指導を施し・不十分さをおぎなう援助をし,かくして学習を成就させ・学習意欲を確かにさせる面と,個性や能力に応じて・持ち味を十分発揮させ,すすんで自己の能力をためし・こうして個性をゆたかに伸長させることに連なる学習をさせる面と二面総合にとらえて,「いかす」本義にかなうのであると知らなければならない。しかも,ひとりひとりというからには,まさに,そのかけがえのない一人の子どもについてそうあらしめることであると同時に・そのひとりは,他のかけがえのない一人を相互主体的に学習を成就するのでなければならない,そのことを実現させるのであると知るべきである。「いかしかた」について述べる紙幅をとりそこねたことは遺憾である。

(5) 学習指導と評価について

 このことの重要さは,お互いよく承知のところであるが,記述の余地がないので,形成的評価の研究と実践とを今後十分行う必要のあることを強調するとだけ記しておくこととする。

3.教材研究について

 学習と教材については,1の(2)の(2)においてすでに述べたところであるが,実際の学校教育においては,編成された教育課程において,教材はすでに提供されている。2の(2)の(4)における教材は,この教材に外ならない。この教材を研究するというのは,どういうことであるだろうか。

(1) 教材研究の意味するもの一研究のアスペクテ

 教育課程において提供されてある教材が,(A)実際に学習指導の対象となるクラスの子どもにとっての学習材となるためには,どのように対処しなければならないかが問われる。同時に,この教材を学習材として(B)どのような学習目標に到達させるのかを明らかにしなければならない。しかも,(C)妥当性のある学習過程を見通し,解決連鎖の系列を予想し,適切な指導過程を組み立てるために,この数材の構造を吟味検討して,それを明確にとらえる必要がある。さらに,(D)Aとかかわることであるが,この教材を学習材としてクラスの子どもたちが学習活動を展開した場合,子どもたちは,総じて,どのような点で困難につき当るか,どのことにつまずき易いか,失敗をするだろうか,それらについて,どの子どもが,どのようなあり方を呈するか等を,周到に予見し,指導上の留意事項を,この視角からもおさえなければならない。同時に,(E)上記のことをもふくめて,どのような指導法が組織されるべきかを考究しなければならない。もちろん,このことのために,どのように教具を活用するか,どのように子どもたちに,使用すべき用具を整えさせるべきかを含む。吟味しなければならないことは,これらにつきない。(F)この教材は,同学年の教育課程中の系列において,どのような位置を占め,どのような役割をになっているか。また,学年をこえた縦の関連系列中においては,どのようにこの位置に至ったか,どのように展開していくのか,それらを明確に洗い出すことによって,この教材による指導の意味,その果すべき役割を適確に捉えなければならない。これは,前承後起の連関に正しく対処して,学習のあり方をみだりに高度に,あるいはみだりに広範かつ細部にわたるのでなく,また,その逆におちいることなく,まさに適度,適切な水準においてすすめるために欠くことのできない検討面である。もともと,この教材がこの位置に位置づけられて教育課程において提供されたについては,すでに上述のような配慮においてなされたのであって,実は,F項の問題はその再確認ということになるが,これもA項とのかかわりにおいてなされなければならない。つまり,学習指導の対象となるこのクラスの子どもの実態に立っての再吟味,再確認ということなのである。そう言えば,(G)そもそも,この教材は,教育課程中ここに位置づけられて提供されているについては,なぜなのか,この教材のもつ意味(とりわけその目的,教育的価値)はどのようであって,かく提供されているのかが,再吟味,再確認を必要とするのである。ところで,この(A)から(G)まで,それぞれは,教材研究のアスペクトであるが,これらを総合的に(アスペクテとして)おさえて,学習指導の充実を期すべきである。

 以上は,提供された教材についての研究にかかわって述べたものであるが,それ以外の素材をいわゆる教材化するときも,上述した諸項について手落ちなく吟味しなければならないのは当然である。

 なお,教育内容は,教科教材に限らないで,教科教材プラス活動とおさえて,教科教材プラス活動をひろい意味の教材とする考え方に立っていることを付記しておく。

(2) 教材研究の位相とその役割

 教材の研究は,今日強調されている精選の問題を含むのは当然であるが,学習指導要領をつくる段階,教科書編集の段階,その学校の教育課程編成の段階,そのクラスの学習指導の段階,それぞれの位相におい(遂行されるものである。それぞれの位相においてになう役割があるが,一貫するものは,国民として必要とされる基礎的基本的な教育内容を,その具体的なひとりひとりの学習材として適切妥当なものとし,その学習においてひとりひとりの学習が充実したものになり,人間性ゆたかな存在と育つよう,学習指導がその本来性を実現することに応えることにある。そのためには,実際の学習指導が評価されることを通し,さかのぼって各位相における教材研究のあり方が評価される。そのことによってさらに改善充実していくのでなければならないのである。

 蛇足とは思うが,追記すること,それは,ひとりひとりの子どもの学習が真に成就するのを支える学習指導を成り立たせようとして,教材研究は行われるのだということである。


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