福島県教育センター所報ふくしま No.46(S55/1980.6) -004/038page

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 このねらいを達成しようとする教育精神と,その発動を有効ならしめようとする形式あるいは枠組みによってアプローチされるものであるが,これは言うまでもないことであるにしても,この至極当然のことに今あらためて思いを致し,形式諸相にのみ心を奪われないようにしたいものである。
 つねに今次改善の精神にたち返り,ねらいを象徴することばが,実質をともなわないで形相面だけが独り歩きすることのないよう,厳しくいましめ合わなければならない。その日常における具体化に心を砕くお一互いでありたいものである。もし,枠組みに問題を見出すなら,教育精神を生き生きとさせる立場から,ためらわずに枠組みを改めるべきであろう。

2. ところで,新教育課程の編成実施に至るまでには,移行期を通じて,資料が集積され,それらの分析検討を経て編成実施が決断されたわけであるが,その資料は,実施後の記録とともに整備保存されなければならない。実施後においても,たえず教育課程は洗練されていかなければならないのであり,手直しを必要とする場合が生じたときには,資料そのものの見直し,解釈の再吟味が行われなければならないと考える。それが,実施後の記録と突き合わせられることによって,問題解決を手堅く行うのでなければならないであろう。
 さて,初心を忘れずという以上,教育課程審議会の改善に関する答申書,文部省発行の各指導書をはじめとして,教育課程の改善関係の単行本,雑誌,その他の情報,こどもの実態調査,父兄の意識や意見にかかわるもの,教育委員会の指導にかかわるもの,各種研究会の報告書等,相当数にのぼるであろうが,それらを適切に分類整頓し,必要に応じて参看活用すべきであろう。
 なお教育課程の評価と改善については,文部省発行の指導書中教育課程一般篇に特に章を設けて述べられている。その示すところをよくかみ分け,具体化し,その学校の実態に即して実践されるべきことは言うまでもない。ただ,評価資料の集積をよく心掛けていなければ,その実践を確かなものにすることはできないのであって,全職員が,それぞれの立場で,日頃必要資料をととのえることに努めるべきはもちろん,そのように管理する側の助言指導も適切でなければならないであろう。同時に,資料のために資料を集積するという次第におちいってはならをいと述べれば,蛇足となるであろうか。
 それはとにかく,示されてある評価の各観点は,教育課程の編成や実施にあたっての基本的なものであると受け止められるであろう。われわれが教育課程にかかわる実践の場合,つねに留意していなければならない事柄としなければならないと思う。

3. 忘れないために,新学習指導要領の基となっている教育課程審議会の答申詳の趣旨を強調しておきたい。とりわけて,次の事柄は重要であると思う。

a 教育課程の基準の改善のねらいの(1)中に,「そのためには、ひとりひとりの児童生徒に対し,・・・することなどに特に留意する必要がある。」と述べられている。これは,今次改蒋の教育における望ましい人間像の資質内容の重点であると考えられるのであって,日常の教育沽動において,つねに目ざされるべきものである。

b 各学校段階別の改善の重点事項として示されたもの,たとえば小学校段階においては,
ア 学校の教育沽動の全体を通じて日常生活に必要な基本的な行動様式をしっかり身につけさせ,道徳的な実践力を一層高める。
イ 学校生沽全体における体育活動の充実と相まって健康でたくましい身体の基礎を養い,体力の向上を図る。
ウ 読み茸きや計算などの基礎的な能ノ」を確実に身につけるようにする。
工 我が国及び郷土の自然や歴史に対する関心を深め,それらを大切にする心情を育てる。
オ 音楽や美術作品などの美しさやそれを表現する楽しさを味わわせ情操を豊かにする。
カ 直接手を使って製作する沽動や体験的な沽動を通して物をつくることや働くことの喜びを得きせるようにする。

と述べられている。このことは,学習指導要領に十分配慮されているところであるが,日常の教育活動にそれぞれの教師が心掛けなければならないことであるのは,今さら言うまでもない。にもかかわらず,各自心をひきしめるためにあえて強調したい。

c 教育課程の基準の改善の関連事項として5項目あげられているもののうち,特に学校運営と学習の指導方法,家庭教育及び社会教育との関連の項に注目したい。この記述内容を抜粋引用することはしな


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