福島県教育センター所報ふくしま No.61(S58/1983.06) -003/042page

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う,けいこなどをさすことばとしてである。3 人間 の形成という見地から考えると,1 の意味での学習 は本質的な重要性をもっている。人間のはとんどあ らゆる資質,特性,習慣,態度等は,この意味での 学習の結果であると考えられる。2 の限定した意味 での学習は,そうしたきわめて広く,多様な学習諸 経験の中に位置づけて理解されるべきである。(教 育心理学PP.83−84)というのである。さらに,人 間の学習的事象には,意識性の関与という点で,多様 な段階がある,ということである。とし,つづけて つぎのように説いている。「つまり何らかの新たな 行動への傾性,資質,能力の獲得が,はっきり意図 されている場合から,そうした意図を全くといってよいほどもたない場合まで,様々な場合があるとい うことである。そのいずれの場合にも,現実に生じ ていることは,人間がつねに,折々の状況を何らか の意味あるものとして経験し,その意味に応答する という形で行為している。学習とはそのような意味 志向的行為を通して,何らかの傾性が形づくられることを意味する。ところで,そのような状況の経験 は,それを意味ある経験として成立させている前提 があるわけで,そこに行為する主体の過去経験の集積が,意味体験の生起する地平としてあるというこ とである。ここから,教育的見地に立って学習を考 えるとき,学習の生起する状況を的確に解明してい くことの重要性が示唆されてくるのである。」(教 育心理学PP.89)という。人間の学習の在り方を一 段と深くとらえることができるというものである。 しかしなお,われわれは,人間の学習が,人間の望 ましい存在形成を結果するとき,人間の学習の名に 値するものであると言わなければならない。

(2) 学習と人間とのかかわり
   1 学習が人間にとって,どのようなかかわりをもっているかは,上述の中にもすでに読み取れるのであるが,ここでは時実氏の説の一部を引用してみる。「学習する機械」とよばれているUCLMIIは,厳格な教育機械の手によって学習させられたのであって,決して,機械が自分で学習することはできない。ネズミやネコなどは,(中略)いろいろな行動を学習するが,環境のなかで,「うまく」生きてゆく適応行動を身につけるために学習せざるをえない境地に追いこまれて学習したのであって,いうなれば消極的学習である。サルなどの霊長類になると,条件をうまく設定して調べてみると,意欲的に新しい行動を身につけて「よく」生きてゆこうとする(筆者注,創造的行為を展開すること)積極的学習の芽ばえがあるようだ。

 ところで,私たち人間は,三歳ころまでは動物 とほとんど変らないが,四歳ころからは,「うま く」生きてゆこうとする学習はもちろんのこと, 「よく」生きてゆこうとする学習を,意欲的,積極的に推進しているのである。学習させられてい るのではなく,自分から学習しているのであって, ここに,「学習する機械」や動物との本質的な違 いがある。そして,この学習は,いのちのある限 り続けなければならない。より「よく」生きてゆ くために−。(人間であるために,P,111) とある。いのちの限り自己創造を果す人間の自己形 成に,それにふさわしい学習が不可欠にかかわって いるのである。

2 人間が人間として真実存在であることを実存とよぶが,実存はどのように生きてゆくか,それと学習はどのようにかかわるかを寸描してみよう。 実存に対応する外国語は,たとえばドイツ語ではExistenzであるが、これはex+sisto というラテン語源(英・仏語も同語源)で脱け出して外に立つ意である。これは,人間は常に現存在の地平から脱出して,より高い存在地平を現存在地平として,そこに存立する存在であることを意味するのでなければならない。この在り方を,それこそいのちの限りつづけていく。これが実存の生きてゆく姿である。そのためには,人間の学習を欠くことはできない。この学習によって得た能力において,現存在の地平を脱け出し,より価値高い地平へ,さらにより高く超出してゆけるのである。それぞれの存在地平において,それぞれを超出する学習が必要なのである。

 3 学習は,学習活動と活動の結果とを含むものであるが,学習活動の結果が「学力」とよばれるものであって,2 に述べた学習によって得られた能力はここにいう学力に他ならない。学習は学力として,自己創造をはたす自己形成に,実存の自己超越にかかわる望ましい能力として発動するのでなければならない。このように,学習は人間の自己形成に,したがって教育の目的である人間形成(それは人間の自己形成を援助し成就させる行為である)に深く不可欠にかかわるものであると見ることができよう。


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