福島県教育センター所報ふくしま No.64(S58/1983.12) -036/042page
≪随 想≫
ほ め る
教科教育部 大河原 博 美
この夏,20数年前の教え子たちの同級会に招かれ,14、5歳であった当時の彼らの姿を思いおこしながら心いさんで出かけた。19人程出席したがもう40歳近くになった彼らから昔の面影を見い出すことは難しいはど立派になっていた。当時を懐かしみながら一人一人と酒を汲み交わしているうちに鮮かに当時の彼らを思いおこすことができた。
当時まだ20代の私は,かなり厳しかったようで立たされた者,座らされた者,掃除をさせられた者,宿題をたっぷり出された者など多かったようだ。英語教師としてなりたての私は,授業の進め方にも試行錯誤しながら,良い授業を求めて努力していたように思う。このクラスの中に人気者のH君がいた。朗らかで,いつもにこにこして元気な彼は,通称,金ちゃん!金ちゃん!と親しまれていた。成績は下の方であったが,天真らんまんな人柄はクラスを明るくした。宴もたけなわになって,彼は私のところにきて,今でも英語を勉強しているとのことであった。しょっちゅうラジオやテレビの英語番組を聴いているという。私は本当に驚いた。彼は,ある自動車板金工場で働いているが,社員旅行でグアムに行った時は大変楽しかったし,重宝されたという。
当時を振り返って,彼は私から“読むのが上手だ”とはめられ,何回も読まされたことを話してくれた。ところが,その英文がどんな意味なのかは,ほとんどわからなかったとのことだった。しかし,他にほめられたことがなかったのに,“読むのが上手だ”と言われてからは,読むことだけは本気でやったとのことであった。その話の中で,当時の彼の姿をありありと思い出すことができた。同時に,ほめることの大切さをいたく感じたのであった。
ところで,ほめること,しかることによって学習効果をあげようとする努力や工夫は,多くの教師が試みているところである。これについて,アメリカの学者ハ一ロックによる次のような実験がある。彼は小学校4年生と6年生を等質な4つのグループに分けて,算数の加算作業を5日間行わせた。第1のグループは,計算結果がよくできても,できていなくともほめるグループである。第2のグループは,計算結果にかかわりなくしかるグループである。第3のグループは,ほめもしかりもせず放任しておくグループである。第4のグループは,対照群として別に扱い,競争しない状態においた。この実験によると,第1のほめられたグループは,成績が次第に向上した。第2のしかられたグループは,はじめは成績が向上したが,あとはしだいに下がってきた。第3の放任されたグループは,成績の向上が認められなかった。ハ一ロックのこの実験から,ほめられるはうが,しかられるよりも学習の効果を上げる働きをすることがわかる。このことは,人間は他人に承認されることを求め,他人から否認されることを避けようとする欲求をもっていることと深い関係がある。すなわち,ほめることは,内的充実感を得させ,自信や意欲を喚起させ,行動のエネルギーを高めることになるといえよう。しかし,あまりにほめることにも問題がある。つまり,ほめられることが目的になり,学習の目標達成への主体的な行動をすることが二の次になってしまうこともあるからだ。
さて,最近とみに生徒の校内暴力事件が続発してきている。これら生徒たちが一様に口にすることの一つは,“先生は,ぼくらを無視し,認めようとしない”ということである。彼らも常に自分たちを承認し,激励してはしいという強い願いを持っている。この辺を私たち教師は,もっと考えなくてはならないだろう。Pygmalion effect(期待効果)という言葉がある。ギリシャ神話のピグマリオン王は自分の彫った女性像に恋し,なんとか現身にしたいと熱望したところ,その願望が達せられたという。このように,相手の抱く期待によって,人間の能力が変化することをさしている。つまり「この子は伸びる子だ」と親や教師が期待していると,本当にその子は伸びてくるという。残念ながら,その効果は,学問的には証明されてはいないが,どの子供たちにも等しく賞賛し,激励してやるという基本的姿勢を私たち教師は,常に持ちたいと思うのである。