福島県教育センター所報ふくしま No.64(S58/1983.12) -037/042page
随 想
人 間 担 任(その2)
教育相談部 坂 本 善 一
「S男の家の“一日家族”になってみよう…。」−この春新採用のK先生は,ふっと思った。
小柄で,色黒で,無口で,しかられるとすぐ涙ぐむS男は5年生。S男は午後の授業になると,きまって居眠りを始めるのである。K先生は初めのうちは「なまけ者!目を大きく明けてしっかり勉強しろ!」と怒鳴りつけていた。しかし居眠りは相変わらず続き,ときには,鼻ちょうちんを出したり,いびきをかいたりしてクラスの笑い者にもなった。しかも,取り入れの季節に入り,S男の居眠りは一層ひどくなった。「これはどうしたことだろう?S男は家でどんな生活をしているのだろう?5月の家庭訪問のときには.特に問題はなかったようなのだが…」
「S男の家では.この秋,人手が足りないそうだK先生,奉仕かたがた家庭訪問をして,S男の生活ぶりを見てきたら…」−校長先生のこのお話から,独身で自炊生活であることを幸いに,K先生は,“一日家族”を思いついたのである。数日後の土曜日,K先生はS男に伴われてS男の家へ向かった。学校からS男の家までは,1山越えて4km余り。子供の足ではタップリ1時間はかかる。やっとS男の家にたどり着いた。入口の板戸が開いていて,中から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。S男は上がりがまちにかばんを放り出し,やかんを手にどこかへ駆けて行った。しばらくして,息せききって駆け戻り,泣いている赤ん坊をあやしながらほ乳びんにやかんのお乳を移した。しばりたてのやぎの乳である。S男が学校から帰って,毎日最初にする仕事は,このやぎの乳しぼりだという。今日は母ちゃんがいなかったので,赤ん坊の世話までしたのである。乳を飲ませ終えると,今度はふろ沸かしである。ふろを洗って,水をくんで,まきをたいて…と,実に手際がいい。手伝っているK先生もたじたじである。授業中に居眠りをしているS男の姿からは想像もつかないほどの,目を見はるばかりのかいがいしさである。ふろ沸かしの合間に,畑から里芋ネギ,大根をとってきて,種井で洗う−今晩は先生にけんちん汁をふるまうのだという。そこへ,どこで遊んできたのかS男の弟と妹がまっ黒になって帰ってきた。「腹へった,兄ちゃん…」という。S男は歯釜の麦飯でおにぎりを作り,生みそをつけてやる。−こうして,父母が夕方,山から帰るまでは,5年生のS男が親代わりなのである。
夕食後.K先生はS男といっしょにふろに入った。K先生は,S男の小さな背中を流した−学校で「なまけ者!」と怒鳴りつけていたことを,心でわびながら−その目には熱いものがにじんでいた。
いっときして,今度は,裸電球の下で夜業−生の葉タバコをなわの目にはさむ仕事である。長男のS男は当然手伝わなければならない。K先生もタパコはさみのコツをS男に教わりながら手伝った。いつの間にかタバコのヤニで手はネバネバ…。やがて,1時間余り。S男の指先がにぶる。目がしぶい。疲れたのである。−K先生とS男はいっしょに寝床に入った。K先生は物語を話して聞かせた。S男はお話を夢うつつに聞きながら,深い眠りについた。
K先生は,S男の小さな寝息を聞きながら思った−「私の担任の子供たちは,多かれ少なかれS男と同じような生活をしている。農家では,5・6年生ともなるといっばしの労働力である。子供が働くことは,大事なことである。しかし勉強も,また遊ぶことも大切だ。勉強と遊びと仕事の両立!−このことを子供たちと話し合ってみよう。子供らの父や母とも…。そして同僚の先輩にも相談してみよう。」と。
秋の夜ふけ,遠い山風の音を聴きながら,担任の子供を思うK先生の目はさえるばかりであった。これは20数年前,へき地校に赴任したK先生の,“担任の子供を思う”姿のーこまである。子供の生活にくい込み,子供を知ろうとするK先生に,私は“人間担任”の姿を見る思いがするのである。