福島県教育センター所報ふくしま No.68(S59/1984.10) -013/038page
できないという薬物依存の状態を物語っている。
更に,有機溶剤であるシンナーは脳細胞に含まれている脂質に溶けて,脳に蓄積される。従って,シンナー連用を中止しても,精神神経症状が長期間持続される場合が多い。また吸引を中止してから数週間〜数カ月経過していても,突然幻覚などが生じるいわゆるフラッシュバックの症状が知られている。
以上にみるように,有機溶剤の吸引は,単に自己の心身を破壊する個人的障害にとどまらない。吸引によって攻撃的,衝動的な精神症状が現われ,判断力が低下し,自己抑制ができなくなるため,2次非行や犯罪である窃盗,強盗,放火,傷害,殺人,自殺などの社会的弊害をも誘発する。
次に過量に吸引した場合は,急性中毒による呼吸抑制,不整脈など循環器系障害のためショック死することもある。また,狭い密室,車内,押し入れなどでの乱用やビニール袋をかぶっての乱用は,意識を失い酸素欠乏に陥っても適切な処置ができないため窒息死する。更にこうした乱用死以外にも精神異常を起こし,自殺する場合もある。本県の薬物乱用による死亡は,昭和51年に窒息死した男女中学生2名,自殺少年1名,55年に中毒死の少年1名である。全国的な死亡は下表のとおりである。
シンナー等の乱用による死者数(昭和50〜57年)
年次
区分昭50 51 52 53 54 55 56 57 総 数 64人 70人 44人 76人 44人 50人 23人 49人 乱用死 56 57 35 58 34 44 16 41 自 殺 8 13 9 18 10 6 7 8
資料出所 警察庁調べ
4.薬物乱用の動機・背景
一般に乱用の動機は,友人からすすめられて始める場合が多いといわれている。このことは,昭和58年に県内で補導された乱用少年の薬物入手経路が「友人から」という場合が34.6%で最も多いことからもうなずける。その背景には,仲間集団への所属や参加の手段として薬物が乱用されると考えられる。次に,単なる好奇心による場合や,うさばらしが多いといわれている。うさばらしの場合は,欲求不満→薬物乱用→快感という連鎖形式が考えられる。この外に本人の意志の弱さや耐性の乏しさ,薬物の有害性や法的規制に対する認識不足,目標喪失,生活不適応などが乱用の背景として考えられる。
5.薬物乱用を早期発見する手がかり
薬物乱用は,何よりも早期発見し,依存性の進行を防止することが先決である。その手がかりとしては,次のようなことがあげられる。
以上の他に,集中力がなくなり,いらいらしやすく,すぐ興奮したり,攻撃的,衝動的な行動が多くなる。逆に無気力になるなど異常が見られる。
- シンナー・ボンド頬,ビニール袋などを隠し持つ。
- プラモデルやゴム糊を頻繁に買う。
- 衣類,吐息にシンナー頬のにおいがする。
- 口や鼻の周辺のただれ・赤味,目やにが増す。
- 顔面紅潮,そう白になりめいてい状態が見られる。
- 歩行や動作が不自然になる。
- 話し方や発音に異常が感じられる。
- 視覚,聴覚などに異常が見られる。
6.指導上の留意事項
- 一般生徒に対する予防的な指導
薬物乱用の有害性や法的規制の認識を深めるため,養護教諭の協力のもとに説明や話し合いを行ったり,専門医の講話や「保健だより」を利用して広報することも大切であろう。しかし,映画などの利用は,不要な刺激を与え,模倣を誘う恐れがあるので慎重を期すべきであろう。- 薬物乱用生徒に対する指導
薬物乱用で補導された生徒は,警察署を経て家庭裁判所へ送られる。家庭裁判所では,調査・審判の段階で乱用抑止の教育が行われ,終局処分が決定される。学校は,警察署,家庭裁判所,保健所などの関係機関と密接な連携を保つことが大切であって,関係機関に任せ切りにすることは厳にさけなければならない。また生徒の薬物乱用の程度が初期,中期,後期のどの段階であるかを把握するとともに,教師全員が一致協力して指導援助に当たらなければならない。保護者とは日ごろから信頼関係を深めておき,協力して生徒の指導に当たることが何よりも大切である。7.おわりに
生徒の非行は悲行であろといわれるが,それはまた担任教師にいい知れない悲しみとさびしさを与えるものである。そうした担任を孤立させず,強力に支援し励ましていくことが,全教師に課された責務ではないだろうか。