福島県教育センター所報ふくしま No.68(S59/1984.10) -028/038page

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その権勢の流れからドロップアウトしながらも,しかし,人間らしく自由に生きたいと願っていた,多くの人々の代弁者としての語り手たちを想定してよいのではないか。業平は「三代実録」によれば,体貌閑麗・放縦不拘・略無才学・善作倭歌」であったという。平城天皇の子阿保親王を父とし,母は桓武天皇の女伊登内親王であったにもかかわらず,業平は25才で従五位下,晩年53才で従四位上と官位は低く,政治的には不遇な一生を終えた。「略無才学」とは律令制下の官僚としては,失格者のレッテルであろう。業平は,政争うずまく摂関政治の中では,己をまっとうして生きることのできない人間であったのだ。それゆえに当時の人々は,「放縦不拘・善作倭歌」で,“すきもの”として生きる業平に,限りない愛情を抱き,人間らしい喜びと悲しみの中に漂いつつ生きる生き方に真実の人間の姿を見いだし共感を寄せ,“昔男”のイメージを育て上げていったのだろう。助動詞「けり」の多用,「なむ」を用いた係り結びの表現など,単純素朴な文章の中に,語り伝え,“昔男”を育て上ぜていった,往昔の人々の心が表現されているといってよいであろう。

3.指導の一例として6段「芥川」のとりあつかい

 6段「芥川」の指導内容について述べてみたい。ここで「文法」というのは,いわゆる解釈文法を中心として指導しようとする「学校文法」の謂であり,副教材として与える文法のテキストに説明されている程度におさえる。国語学的に(専門的に)深く追求はしない。そして,特に助動詞と助詞を重点的に取り上げて行きたい。また,類似した表現と比較し「語・文法」の知識をもとに,表現にこめられている微妙なニュアンスを想像(イメージ)させる方法をとった。aが原文,bが類似の表現である。・印は,特に取り上げた語である。文法の説明,及び想像(イメージ)したことについては,書きとめるためのプリントを別に用意した。
    指導案〜その展開文〜(別紙)
    6段「芥川l」,原文   (〃)
 以下,特に取り上げ,焦点をあてた部分についてその内容について述べてみる。

(1) a「よばひ わたり )けるを」 b「よばひけるを」
 「わたる」は他の動詞の連用形について,その動作が時間的に長く続く意をあらわす。したがって,aは「求婚し続けたが」bは「求婚したが」という意味になる。「わたる」という一語の使用によって男の女への愛が,いかに激しいものであったかが読みとれ,次の「からうじて盗みいでて」は,男が自己の真実に従った,抜きさしならない行動であったことが理解される。

(2) かれは何ぞと a「 なむ 男に問ひ ける 」 b「と男に問ひけり」
 「なむ」は強調の係助詞で,文末は連体形に結ぶ。「ける」は伝聞した事実の回想を,ある種の驚きを伴って,示す助動詞の連体形。aの表現は,係り結びによって「かれは何ぞ」の部分を強調しており,(誰でも知っているはずの露を)「あれは何ですのと男にたずねたそうだよ」の意になるが,bは単に「女が男にたずねた」という事実を述べているにすぎない。すなわち,原文は係り結びの強調の表現によって,女が露さえも見たことがない,深窓育ちの女性であることが想像(イメージ)され,「え得まじける」女という表現とあわせて考えると,男との身分の差,その他いくつかの事情により,どのように恋い焦がれようと,結婚できる相手でないことがわかる。それゆえに,男の気持ちは,いっそう激しく燃え上がるのである。そして,(1)の表現と同様,「盗む」という行為の,のっぴきならないことが十分に実感できる。

(3) a「夜もふけ にけれ ば」 b「夜もふけければ」
 「に」は,完了の助動詞「ぬ」の連用形。「ぬ」は,「けり」「き」などに続く場合は「……テシマウ」というニュアンスを添えて口語訳するとぴったりする。したがって,aは「夜もすっかりふけてしまったので」となり,bの「夜もふけたので」よりはるかに意味が深められている。予定していた場所にまで,逃げおおせないうちに,男の力ではどうしようもない,外在的な事態の推移(「ぬ」の完了の意味)の中で夜を迎えてしまったことをあらわし,悲劇の伏線を形成している。思うに,往昔の人々にとって,漆里の闇ほ,どんなにか恐ろしかったことであろう。

(4) a「神 さへいといみじう 鳴りて」 b「神鳴りて」
 「さへ」は,「ソノウエ……マデ」という意味を添える副助詞である。したがって,aは「その上雷までがたいそう激しく鳴って」となり,bの「雷が鳴って」とくらペると,あきらかに語り手が,男を悲劇の渕へと追いやる条件設定として,「夜になった」ことに加え,「激しい雷」を添加し,意識的に


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