福島県教育センター所報ふくしま No.71(S60/1985.6) -010/038page
次に各物質についてみると,塩化ペンザルおよび塩化ペンジルは催涙性を持った強力な毒物であってその取り扱いは危険を伴い,トルエンの酸化はその進行が極めて遅い。ペンズアルデヒドは毒性は極めて低いがにおいがきつく,ペンジルアルコールはにおいが薄くて扱い易いが皮膚に多量に付着すれば毒性がある。
以上のことから生徒実験を考えると,反応物質としてペンズアルデヒドとペンジルアルコールが妥当であり,これに既習事項のアルコールの酸化の系列を関連させればペンジルアルコールの酸化が教材として適当であると思われる。反応の進行も速やかで,実験は約30分で終了できる。
また,ベンゼン環に電子吸引性の原子団が付いた時も分極に伴ってオルトおよびパラの位置にある側鎖は酸化され易くなる。例えば,バラニトロトルエンの酸化はトルエンの酸化よりはるかに短時間で完了する。
トルエンの酸化は授業などで必ず扱われる事項であるがこの反応は容易に終結せず,沸点が低いためか突沸がはなはだしい。触媒のようなものが欲しいところである。
バラニトロトルエンの酸化は40分で完結し.収量もよい。反応物質が固体(m.P54 。 C)であるため生成物との分離も極めて容易である。実にすっきりした実験であるがこの実験はトルエンの酸化と比較してこそ意味があり.置換基の電子吸引性や供与性に関する講義も必要となる。
バラキシレンの酸化も相当の時間(約90分)を要する。得られた物質を水酸化ナトリウム溶液に溶かし塩酸で逆滴定を行った結果では,バラトルイル酸86%,テレフクル酸14%の混合物であった。
更に実験上の留意点などについて述べると
(1)反応液をろ過する時はこの液温を下げ,ろ紙を水でよくぬらしてから行うべきである。そうしないと生成物はろ紙に吸着されて減少し,未反応物質(ペンズアルデヒドやトルエンなど)が流下して生成物を汚染する。
トルエンなどが流下し,ろ液に混入した時は液が濁るのですぐにわかる。この時はもう1度ろ過すればよい。
(2)アルカリ性液中での過マンガン酸カリウムによる酸化では,生じる二酸化マンガンの沈殿のために沸騰石の活性がすぐに失われるので沸騰石は適宜追加して行く必要がある。
(3)冷却器の作製では太いガラス管の代りに透明なプラスチック管を用いてもよい。この方が加工はし易いが値段はガラスより高いようである。
ガラス管の切断法はガラスにヤスリで長さ3mm程の少し深いキズをつけ,そのキズの端に赤熱したガラス棒の先を押し当てる。ガラス棒は細めのものがよい。
冷却管の内径は7mmより小さいとガラス管内に液滴が留まって還流がうまく行われない。冷却管を斜めに切るには,キズを斜めにつけて上と同様にすればよい。きれいにはいかないが割れるような感じで切れるのでこの切口は熟して丸めておく。冷却器はイソプロピルアルコール等の酸化の際も必要であり一度作っておくと便利である。
(4)ペンジルアルコールの酸化で得られる安息香酸は結晶もきれいで量も多いのでこれより更に融点の測定,凝固点降下法による分子量の測定,エステルの生成等の実験に導くこともできる。
7 おわりに
教科書や参考書,問題集などには頻出するが実験としてはあまり行われていない事項をと考えてベンゼン環の側鎖の酸化にいきついた。幸いベンジンアルコールの反応は速やかであったが一般に有機物の反応時間は長く,これが教材化に際しての難点になっている。ニトロ化 酸化,還元,エステル化などを連続して行うことができ,しかも操作が容易であるような実験はないものかと考えている。
参考文献
井上尚人 基礎実験有線化学 丸善
ブルースター 有機化学 東京化学同人
堀口 博 公害と毒 三共出版