福島県教育センター所報ふくしま No.72(S60/1985.8) -021/038page
人の問題行動について,その意味をわかってもらい,指導を強化する。(そのために,双方の親に「養育の態度」を反省し,協力してもらうよう指導する。)
- 学校の責任体制として,N子が卒業できるよう根気強く指導し,卒業後における指導の必要性についてもN子の親と十分話し合い,将来に向けての進路指導に万全を期するように努める。
(2) 指導経過の概要
- 昭和59年12月17日(月)
E校から電話で問い合わせがあった。E校にいるB子(N子が幼少時の友人)が家出したので,N子に連絡をとってはしいとのことであった。幸い,T校では休みの翌日は必ず欠席調べを行い即指導ができる体制になっていた。N子については,母から「かぜで休ませます」との連絡が入っていた。
学級担任から事情を聞いた生徒指導主事のT教諭は,直ちに学年主任・教頭へ連絡し,N子の家を訪問した。午前10時ごろであったがN子の家には誰もいなかった。かぜで欠席しているはずのN子がいなかったので,隣りの主婦に尋ねた。「さあ〜?」と言って入室した。
T教諭は直ちに帰校し,学年主任・教頭へも報告し,生徒指導部会を開いた。N子に対する善後策が協議され,実行に移された。
校内でN子に関する情報をN子の友人たちに求めたところ,S子の欠席がわかったので「二人は一緒」と考え,二人の家庭を訪問したがどちらも共働きで留守であった。
午後3時ごろ,E校より電話が入った。B子の居所が発見されたとの連絡であった。B子とは直接の関係はなかったが,問題の早期発見につながる結果となった。 夕方,N子の母と連絡がとれ,家庭を訪問
する途中でN子とS子に出会った。逃げる二人を追いかけて指導した。K教諭と学年主任及びT教諭は,二人の親を学校へ召集して,学校長の訓話を中心に厳しく指導した。- 12月18日(火)
N子とS子が登校した。二人は職員室へ入り,一人ずつ「すみませんでした」と謝った。 二人の教育相談をした。S子は「悪かった」と意志を表示した。N子の話から,N子の夜間外出や怠学による欠席が続いていたことがわかった。母の報告「かぜのため」は「うそ」であった。12月7日にN子の父が入院しN子は怠学しはじめた。しかし,K男のことは一言も話してくれなかった。- 1月10日(木)
K教諭からN子の欠席を知らされたT教諭は,N子の様子を見るために家庭訪問をした。
N子は,離れになっている自分の部屋に寝ていた。枕元に「薬袋」があった。「かぜで……」という母の連絡は「本当」であった。
N子の傍にK男(16才)が座っていた。N子の家には,二人しかいなかった。母は,K男が来ているのにあいさつだけして出勤してしまった。N子の部屋は,タバコの臭いでいっぱいであった。N子の母は,二人の関係を知っても学校へ相談しないばかりでなく,二人を自由にし,N子の怠学を助長していた。
T教諭は,K男を外へ呼び出しタバコを取り上げ「病気見舞いや男女交際」のあり方について指導した。K男は「N子の母が許したのに,病気見舞いに来て何が悪いんだ!」と反ぱつしてきた。そこで,正しい交際のしかたをよく話して聞かせた。納得したようなので,その場からK男を帰宅させた。
それからN子の部屋へもどり,K男と同じように男女交際のあり方や女性の特性について話して聞かせ「かぜが治ったら登校する」約束をした。
昼近くになって帰校し,学年主任へ報告し,学級担任へ「家庭との連携」を頼んだ。
その日の夕方K男を尋ね話し合いをした。
- 2月17日(日)
昼ごろ,T教諭はN子とK男兄弟が買物しているところに,偶然に出会った。