福島県教育センター所報ふくしま No.73(S60/1985.10) -004/038page

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(2)「のぼる」の場合
 「階段をあがる」とも「階段をのぼる」ともいい,「あがる」も「のぼる」もともに「低い所から高い所への移動を表す」共通の意味をもった言葉である。しかし,「二階にあがる」とはいうが,「二階にのぼる」とはいわない。一方,「川をさかのぼる」といっても,「川をさかあがる」とはいわない。これは,「あがる」と「のぼる」の両語には,次の表に示したような微妙なずれがあるからだ。
 

あ  が  る

の  ぼ  る

共通点 人物・事物などが,低い所から 高い所へ,下から上へ移ってい くことを表す。
相違点 ・すでに行われた動作・行為の結果を表す。

(到達点に焦点がある。)

・自分及び他者の力や意志による移動を表す。

・全体・部分いずれの動作にも用いる。

・非連続的・瞬間的.完了

・始めの状態(基点)を離れることを表す。

・現在の進行過程や継続動作・状態を表す。

(経過に集点がある。)

・自分で動き得るものの全体の移動を表す。

 

・連続的、継続



 だから,「成りあがり者」はいても,「成りのぼり者」は存在しないし,「鯉の滝のぼり」や「のぼり列車」といっても,「鯉の滝あがり」や「あがり列車」などとはいわないのもなるほどとうなずける。以下,「のぼる」を例として,「俳句の鑑賞指導」の場合をとりあげてみる。
愁ひつつ岡にのぼれば花いばら  蕪村

T 今日は,有名な蕪村のこの俳句を鑑賞しよう。この句の季語は何ですか。
Sl 「花いばら」です。
T 季節はいつですか。
S2 辞書で調べたら,「夏」と出ていました。
T だれか簡単に解釈してください。
S3 愁いを胸に,岡にのぼっていくと,頂上には一面花いばらが咲き乱れていた。それを見ていると一層やるせない気持ちになった。
T はい,大変よかった。では「岡にのぼれば」とありますが,「岡にあがれば」ではどうですか。以前に学習した『あがる』と『のぼる』の意味・用法の違い」を思い出しながら.次の点について話し合ってみてください。
1 「岡にあがれば」とすると,どんな情景が想像されるか。
2 「岡にのぼれば」とすると,どんな情景が想像されるか。
3 作者はなぜ「岡にのぼれば」としたのか。    (TP)


  (グループによる話し合い)
T では,話し合いをやめて,1 についてだれか発表してください。
S4 「あがる」は.「すでに行われた行動や行為を表し,瞬間的に上に移動したその到達点に焦点を合わせた表現」だから,作者は,すでに岡の頂上に立っていて.そこで愁いにふけっている様子が想像されます。
T はい,大変よろしい。次に「のぼれば」では,どんな様子が想像されますか。
S5 「のぼる」は,「継続的動作を表し,その過程に中心がある言葉」だから,愁いにふけりながら,岡にのぼって行く途中の作者の様子が想像できます。
T では,作者は,「岡にあがれば」としないで.「岡にのばれば」としたのでしょうか。
S6 初五に「愁いつつ」とあるように,作者はなにかもの思いに沈み,うつむきかげんになりながら,重い足どりで一歩一歩足を引きずるように岡をのぼって行くのです。そのような情景を表現するには,「瞬間的に一挙に上に移動し,動作の結果に焦点」がある「あがる」とするよりも,「徐々に上方へ移動し.動作の経過に中心」のある「のぼる」といったのだと思います。

4 おわりに
 さして難しいとも思えない言葉であっても,「読みの深さ」を左右するような重要な言葉である場合が多いといった。しかも,その指導に当たっては,「意味の体系」の上に立って指導すべきであろうともいった。昨今,柴田武らの「ことばの意味」や森田良行の「基礎日本語」など.「基礎語」の意味の分析に関するすぐれた研究が,相次いで公にされた。今後,これら諸先学の研究成果に学びつつ,さらに研究をすすめたい。

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