福島県教育センター所報ふくしま No.89(S63/1988.12) -006/038page
の道徳的価値観が表れる」という研究成果に着目する。結論や判断は同じでも,その「理由づけ」が多様であることは,次の具体例にも表れている。
資料・「それが友情か」
日曜日の午後。ゆき子は仲好しのひろ子の家へ遊びに行った。そこで,ゆき子は,学級文庫にあったと同じ国語の辞書を発見する。 「ひろ子さん その辞書は・・・」問いただそうとするが,きっかけを逃してしまう。
次の日の朝の相談会。図書係が,国語の辞書が一冊足りないことを報告して,「だれか持っていった人はいませんか。手をあげて下さい」とうながした。ひろ子に目を走らせるゆき子。ひろ子は,じっと下を向いたままである。
さて,ゆき子はどうすべきか・・・。
東書「新しい生活」6年−F小,6年1組の授業から−
H先生の発問「君がゆき子ならどうしますか。その理由も教えてください。」に対する発言。
○ 黙っている
1 黙っていても二人に被害はないし,ひろ子が返すかもしれない。
2 恥をかかせることになるからかわいそう。
3 ひろ子とけんかになるかもしれない。それくらいなら黙っていた方がよい。
4 不利になりそうなひろ子をかばってあげたい。
○ ひろ子の家に辞書があったことを言う
5 本当のことが分かった時,ひろ子に悪い。
6 本当のことが分かった時,自分にも責任がある。
7 それが原因でけんかになっても,ひろ子のためになる。
8 言わないと,ひろ子は同じような間違いを繰り返すかもしれない。
9 不正を見逃すのが本当の友情ではない。
教師の「君ならどうするか」という批評家的発言をさける発問とその「理由づけ」に重きをおいた意図,に支えられて,子どもたちは多様に反応している。
2.多様な考えを生かす
子ども達の考えがでそろったところから道徳の時間らしい価値追求が始まる。左記の発言項目はそれまでの各自の道徳的価値から判断した「とりあえずの判断」の羅列に過ぎないからである。より良い価値追求の材料といっても良いだろう。
発言を取り上げていく際,板書の構成がポイントになってくる。
○ 発言順序通りに並列的に列記しない。類型化を図りながら構造的に板書していく。左記の発言項目は,順を追ってより高次な「理由づけ」になるように意図的に並べかえてある。
○ 板書に空間を設け,類型化が広がり発展することを予感させる。
この授業では,板書を見ていた子ども達の間にざわめきが広がった。観察者の書きとめた子ども達のつぶやきや発言の録音を分析してみると次のような反応がうかがえる。
・友達の考えの多様さにたいする驚き
・自分の理由づけと友達の理由づけの比較検討
・より良い判断と理由づけを発見した喜び
・心情的には「だまっている」なのに,判断上は「話す」に傾いてくる自己矛盾
それまでの自分の考えの位置づけが構造的に示された多様な価値観の中から見えてきたのである。左記4の考えの子が8の考えに触れる。「ゆさぶり」である。
しかし,このまま子どもたちの考えを詳細に検討しても「なるほど」と深く胸に刻まれる考えに思い当たれるだろうか。ここで教師の役割が問われることになる。子どもたちが言及していない角度からの切り込みである。子どもたちには「ゆき子はひろ子に積極的に何をしてあげられるか」の視点がぬけているのである。その投げかけを教師は次の発問で始めた。
T: ここに出ているのは,ゆき子さんがクラスの友達に何をするかということですね。ひろ子さんのために具体的にしてあげられることはありませんか。
C: ……………