福島県教育センター所報ふくしま No.89(S63/1988.12) -007/038page
C: ひろ子さんに黙って返しなさいと言う。
C:それじゃ,かえって悪いよ。(笑い声)試行錯誤の発言が続く(略)
C: ひろ子さんはきまりを守っているみんなを裏切ったことになるからあやまるべきです。
C: でもその勇気がないと思います。
T: なるはど。ではどうしますか。
C: 一人では,みんなの前に出てあやまることは出来ないから,私なら付き添って一緒にあやまってやりたいです。事情を話して。
T: これまでの考えとは違いますね。−板書−(なるはどといったつぶやきも聞こえる。教師はこの考えに賛同する人数を数えて板書。多数。)
T: もう一度最初に戻って考えてみようこ友情って一体何だろうね。
C: この場合,友情というのは,友達にすすめて正しいことをさせることではないですか。
この授業をもとに「多様な考えを生かす」考察に入りたい。生かすであるから,考えを多く出させるだけでほ子どもの考えは生きてこない。ここで大切なことは
1 子どもたち一人ひとりの持っているひとりよがりな考え方から脱皮させることである。それぞれの手持ちの価値観をさらけ出し,比べてみることで,自分の考えの底の浅さに気づかせる。
2 その上で,より良い考えを求めて試行錯誤させてみることが重要になる。
1,2の段階を通し,それぞれの考えを検討し,煮つめていくと今までのありあわせの考え,常識的な考えでは間に合わなくなる。そこまで待ち,ゆさぶっておいて「さあ,どうするか。」と投げかけていく。
ここで,子ども達は集団思考,共同思考を始める。そして,思っても見なかった考えにつき当たる。「友情とは,友だちに進めて正しいことをさせること」という友情概念の発見も子ども達にとっては新しい経験である。
新しい考えがみんなによって承認され,決してひとりよがりでない普遍的な考えとして承認されながら,一人一人の心に浸透して「なるほど」と受けとめられる。これを,「価値の主体的自覚」とよんで良いだろう。
3.「自己をみつめ直す」手順
論述の順序が逆になってしまったが,この授業の導入は,次のような方法がとられた。
T:
友情 カードを提示:
友情ってどんなことだろうね。考えてることをノートに短く書いてください。
・やさしくすること/・困っている時,助けること/・思いやりの心で接すること等の発表がある。これは軽く取り上げて資料に入る。
導入を,ねらいとする「価値への方向づけ」の段階と考えたのである。展開部から逆算すると5分以上はかけられない。
ノートに書いた「友情」についての考えは,学習の出発点を確認させる意図を持っている。自分なりの考えで良いわけである。
授業の展開部については,前述したので省くとして,「新しい発見」やより深い価値観に触れると,それまでの「友情」観に変化が表れてくる。一面的にしかとらえていなかった自分の「友情」に思い当たるからである。
終末では,導入時の「友情」観と,みんなで検討した後の「友情」観を対比し,視点を明確にして今までの自分をふりかえる。それをじっくりノー卜に書く。これが,今までの自分を「友情」という窓口から振り返る手続きである。そこには,新しい価値観発見の喜びもあろうし,いたらなかった自分の反省もあろう。「新しい発見」である。
道徳ノート活用の年間計画という話はあまり聞いたことはないが,子どもたちが,1年間35週にわたって,ある価値を窓口に今までの自分を振り返り,その軌跡をノートに残していく。それは,心の変容を記録していくことでもある。
35の「新しい発見」は,「新しい自分」をつくっていく証になろう。
○参考文献 63年度道徳講座講義録 青木孝頼
道徳教育の探究 勝部真長:東信堂
学ぶとは何か ルーブル:勁草書房