福島県教育センター所報ふくしま No.91(H01/1989.6) -005/038page

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随想


自   然

科学技術教育部長   磯部紀郎


 尾瀬はあまりにも有名である。貴重な動植物の宝庫といわれ、全国各地から多くのハイカーが自然を求めてやってくる。自家用車の普及と道路の整備によって気軽に尾瀬を探勝できるようになったが、昔は秘境であった。
 尾瀬を開発から守り、自然をそのまあま残したいと、親子二代にわあたって訴え続けた人達がいた。平野長蔵・長英氏である。特に長英氏は尾瀬林道の計画に反対し、林野庁や環境庁に自然保護を訴え続け、多忙な毎日を送っていた。しかし、彼はその過労から、知りつくしたはずの尾瀬で遭難してしまう。墓石は「ヤナギランの丘」にあるが、彼はこの丘からどんな思いで尾瀬沼を見下ろしているだろうか。
 私は奥会津に勤務していた折、妻にせがまれ尾瀬を訪れるうち、季節とともに変わり行く自然の姿に引かれていった。登山の経験もなく、山には全くの素人であったが、初夏から初冬の尾瀬を何度も訪れることができた。
 初夏の尾瀬は水芭蕉の季節である。登山道の残雪を踏みしめ、沼山峠より尾瀬沼へとコースを取るが。この時期のハイカーは最も多く、土曜、日曜ともなると木道は長蛇の列となる。水芭蕉は雪が解けると、一番さきに芽を出し、白い花をつける。山々の残雪と雪が解けたばかりの黒い湿原に咲く水芭蕉の花は、尾瀬でなければ見られない景色であろう。
 夏の尾瀬は一番好きである。ニッコウキスゲ、イワショウブ、ワタスゲ、サワギキョウ・・・など、植物の種類が多く、その中でも7月のニッコウキスゲが最高である。沼山峠から見下ろす大江湿原は、湿原全体が黄色一色となる。また、木道からの眺めは黄色い一つ一つの花と緑のコントラストが目を楽しませてくれる。この時期の尾瀬は最もすばらしいと思う。
 尾瀬にはハッチョウトンボが棲息している。8月中旬に尾瀬ヶ原を歩いていた折、川岸で偶然見つけたが、体長は2センチメートルくらいであろうか。初めて見る真赤な小さなトンボであった。湿原の川ではイワナを見ることができる。本来イワナは警戒心が強く、人影を見ようものならたちどころに隠れる習性を持っているが、近づいてもゆうゆうと泳いでいる。人に馴れすぎてしまったのであろう。
 初冬の尾瀬を訪ねたのは一回だけであったが、忘れられないことがある。裏ひうち林道を歩いて行くと尺八の音が聞こえてくる、更に歩いて行くと木道に腰を下ろし尺八を吹いている人がいた。うっすらと雪化粧した山々、落葉した木立、ぬけるような青空、そして狐色の湿原、あまりにも条件のっ整った中に、尺八の音は完全に溶け込んでいる。考えてもみなかった光景に驚くとともに、このような体験ができたのも尾瀬の魅力であろう。
 先日の新聞に、一部の登山道を閉鎖するという記事を見たが、汚染が進み、生態系が変わりつつあることを考えると、やむをえないと思うとともに、先輩が守ってくれた自然を大切にしていかなければならない。人間は高度な技術を開発し、地球から遠く離れた惑星をも調べることができるようになったが、この技術をもってしても、自然には全く無力といっていい。自然は人間をも包含している。我々はっこの自然を愛し、自然と調和をとりながら生きていかなければならないことを子ども達に教えていきたい。目先のことにとらわれることなく、未来の繁栄のために努力したいと思う。
 尾瀬はその身近な例といえよう。




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