福島県教育センター所報ふくしま No.92(H01/1989.8) -004/038page
随 想
K 先 生
学校経営部経営研究係長 八 巻 勝 恵
学校はどこの学校も授業研究を行うが,その成果を日々の授業に生かすことが本来の目的であると言われている。私はこうした話になる時,若い先生への励ましとして,かって同じ学校で勤めたK先生の実践例をよく話した。
当時,その学校では同学年で諸連絡や打ち合わせがし易いようにと,週に一度は,空時間が同じになるように分科が組まれていた。その時間をK先生の学年は,学年・学級経営や教材研究の時問として大いに活用していた。
K先生は算数科を自分の研究教科とし,単元の導入の時間を特に大切に考え,その時間は勿論,後になってもその単元の学習内容を子ども達がすぐ思い起こせるような資料提示に心をくだいていた。
「拡大・縮小」の単元で,拡大→縮小の関係を辺の動きを通した図形提示をしたいと考え,学年会で話し合って三角形をOHPで投影することにした。始めは,資料作成の技術的な面から一辺を固定し,他の二辺を同時に移動させることとして作成に取り組んだ。2時間以上を費やして作成したものを試写してみると,拡大,縮小をイメージとしてつかめる良い出来といえたが,よりよいものを求めて固定した辺も何とか同時に移動させたいと考え,再度製作することにしたのである。一辺の両端に糸をつけ,それを三辺集めて一束にして引くと,三辺が動き,原図を残して拡大縮小したが,三辺の動きに片寄りがあったり,平行移動しなかったりと思った以上に苦労し,2〜3日で4時間程かかったそうである。授業で使った結果は大変効果的であったと満足していた。
「速さ」の単元で,二つの人形を速さを違わせて同時に動かして「速さ」の概念をとらえさせたいと滑車を利用して作成したこともあった。
また,円グラフの割合が動かせるようなOHPでの投影はできないかとか,直接黒板に投影して板書を加えたりといろいろの工夫を試みていた。さらに算数科に限らず,ノートづくりや授業の終末段階で学習のしかたと内容の両面から児童自身にまとめさせること,等にも努力していた。
勿論,K先生はこうしたことを単なる思いつきでしていたのではなく,必ず先生独自の教材研究がなされていた。それは,中心観念〜具体要素で1あったり,新しい用語・ことば中心であったり,1時限の目標と指導計画であったりした。この教材研究を基に,前記の資料の工夫もその単元に入る2〜3週間前から考えていたのである。
こうして絶えず工夫しながら指導していたが,先生は,勉強が出来ないからと言って子どもにその原因を求めたり,授業中声を荒げたりすることはなかった。が子ども達が「人の心を傷つけるような言動」をした時は,授業中でも生活の中でも見逃すことなく,時にはきつい調子で,時には30分以上も,それがどんなにいけないことかを説いたりした。そんな時でも,子どもに手をあげる姿を見たことはなかった。また,先生は子どもと一緒に遊びふざけ合ったりもしたし,他学年の子どもにもよく声をかけた。
こうして小学校の卒業を迎えたK先生のクラスの卒業文集の中には次のようなことを書いた子どもが何人かいた。
「私たちの先生は,勉強を熱心に教えてくれる先生ですが,勉強以上に私達一人一人を,人の心を大事にする先生です。」と。
その後K先生は郷里に近い学校に転任され,会う機会は少なくなったが,折々に先生の活躍ぶりを聞くと,いつも多くのことを示唆されるのである。「豊かな人間性」が一層強調される今,またK先生と話し合う機会を楽しみにしている。