福島県教育センター所報ふくしま No.95(H02/1990.6) -011/038page
高校入学時の成績は学年でも上位であったが,5月頃から急速に低下した。この頃からしばしば身体的不調を訴え,保健室に出入りしては養護教諭に悩みを訴えるようになった。
A子は,親友のB子に対して強い固着と反発を示し,周囲を当惑させた。見せつけるように親しくふるまったかと思うと,B子を,「裏切り者」とののしったり態度は豹変した。B子が離れていくと,落ち込みが激しくなり,ついには手首を切って自殺を図るに至った。精神科で診察を受け,2週間の入院の後退院,再び登校するようになった。
しかし,その後も家出や両親に対する激しい抗議と反抗を繰り返した。雨の中を家出した時は,タクシーの運転手に保護されてことなきを得たが,自暴自棄的な態度だった。
この間,担任と養護教諭は,何度か家庭訪問をしA子の指導について両親と相談した。しかし,A子の情緒的不安定は改善されず,7月には休学するに至った。
医師の診断は,当初「神経性うつ病」,後に「思春期境界例」に変わった。
[治療方法の模索]
10月に学級担任から最初の相談を受け,まず休学中の指導方法について次のことを助言(アドバイス)した。
1.医学的治療の継続
2.担任(37歳男子)と養護教諭(40歳女子)の役割分担による指導
3.家族関係の見直し
4.A子に対し「受容しつつ諭すこと」「境界例」の治療に当たっては,単に受容支持を重ねていくだけでなく,「時には強い禁止・命令(O.カーンバーク)」「コンフロンテーション[直面・対決](J・マスターソン)」などのかかわりが必要とされる。このことを,市橋秀夫は,「だめ・がまん・大丈夫」という言葉で端的に表現 する。
「薬物療法」を継続しながら,学校では担任と養護教諭がそれぞれ父性的,母性的な役割を果たす。ただしその際,根底に「コンフロンテーション」を意識し,深く受容し共感的に接しつつも,必要に応じて根気よく諭していく。
また,一般に「境界例」の家族関係には多くの問題点があることが指摘されている。家庭訪問などの機会に,家族同士の間での気付きを深めたり見直したりすることを可能なかぎり援助する。
[再度一年生として適応を図る一”ボーダライン・シフト”の援用]
休学中も定期的な家庭訪問によって指導を継続したが,新学期,新担任と養護教諭が二度目の一年生のA子を指導していくことになった。その際,市橋秀夫が治療方法として提示する“ボーダーライン・シフト"を援用した。複数の指導者が明確な役割分担で指導していく点で,学校内における指導体制と関連性があり,活用可能なためである。かかわりの中心を占める学年主任,学級担任と養護教諭の役割,(その効果として)A子から見ての人物像を紹介すると,次の表のようになる。
担当者 役割 A子から見ての人物像 学年主任 ・学年,教科担当宅への配慮,調整。
・学年全体に対しては,時に強く厳しい父性をだす。(間接的なA子への効果)
・なぜかはっきり分からないが,自分を守っていてくれる感じ。
・本当は厳しいのだが,自分に対して頭ごしに叱ったりせず,気を遣っていてくれる。