福島県教育センター所報ふくしま No.115(H07/1995.7) -017/042page
ただ,欲目で見れば教師に対する拒否的態度が少々やわらいできたかな,と思われる。
* これからの授業
彼は,この1年間を振り返ってみた。自分の授業で何が変わっただろうかと。
その結果,変わったのはただ一つ,彼自身であることに気づいた。この1年間で,生徒一人一人の話によく耳を傾けるようになったことに彼自身が驚いた。そうしているときの彼は,生徒の動きや表情,ちょっとしたしぐさにも注意探くなっていた。この姿勢は,生徒の話を「聴く」(漫然と「聞く」ではなく注意深く「きく」)ようになり,生徒の動きを「看る」(漫然と「見る」ではなく心を感じとり目をかけ手をかけてみまもる)ようになって生まれたのだろうと思った。こういう姿勢でいるとき,生徒にかける言葉の一つ一つがあたたかいものになっているにちがいない。
D男が彼のところにひょっこりやって来たのは,このあたたかさを求めてだったのかもしれない。しかし,多くの生徒の思いや願いを十分にかなえているという自信はまだない。
3 授業と教育相談
学校不適応を訴えて相談に訪れる子どもたちの多くが,学習上のつまずきを抱えている。さらに,学校に通う子どもたちの中にも,学習上のつまずきを抱えている児童生徒は存在する。このような現状を前に,どの担任・教科担任にもできることは,一日の学校生活の大半を占める授業において,一人一人の子どもの個性や個人差に応じて,きめの細かい授業を展開していくことである。こうした授業の中で教師がそれぞれの思いや願いをかなえていくことで,一人一人の子どもが自己存在感を味わうことになり,授業に対する満足感を高めることにもなる。この授業への満足感が,学習への適応ひいては学校生活への適応の基盤となる。
一人一人の子どもの思いや願いをかなえる教育相談的な授業づくりでは,勉強が嫌いだったり,自信喪失に陥ったりしている子どもに「安心した雰囲気の中でありのままの自分を出し,自分がわかってもらえる喜び」を味あわせることが大切である。そのために,教師は次のような姿勢で授業に臨みたい。
・子どもの気持ちの理解に努める。
・子どもの話によく耳を傾ける。
・教師自身も素直に自分を表現する。さらには,授業の中で次のような配慮をしたい。
・子どもの興味や関心,思考をかきたてる発間を工夫し,発問の後の考える時間を保障する。
・「わかった人」「読める人」より「答えてみたい人」「読んでみたい人」といった促しをする。
・着眼のよさ・発想の意外性・考えの独創性など,その子なりの独自性をとらえて認める。
・学び方を教え,つまずきを自力で乗り越えることができるように支えてみまもる。このような姿勢や配慮のもとで行う,先の教師がみせたような一人一人の子どもへの細かい心配りによる授業こそ,教育相談そのものであるといえる。自分が大切にされたと実感できた子どもは,級友も大事にする。そこに,教師と子どもたちみんなで授業をつくっていこうという気持ちが芽生えてくる。こうした授業づくりの中で,大切な一員である一人一人の子どもたちは,人間的な触れ合いを深めながら自己存在感を存分に味わい,授業を満足したものとして受け止めることができる。そして,この満足が学習する意欲を高め,結果として,学力も保障されるものである。