福島県教育センター所報ふくしま「窓」 No.118(H08/1996.7) -038/042page
随想
お に ぎ り の 思 い 出
教育相談部主任指導主事 高 宮 政 博
平成5年9月3日、鹿児島に上陸した大型台 風13号は、4日未明には島根県からその中心 を海上に移し、ゆっくりと北上しようとしてい た。中心気圧930hpa、中心付近最大風速50 m。日本縦断が予測された。
鹿児島では土石流が発生し、家屋等に大きな 被害が出ている。各地でも河川の氾濫や浸水、 山崩れ等今後の被害が大変心配されていた。
私と教頭は4日のその朝、学校に5時に出勤 し、職員室のテレビの台風情報と窓からの空の 様子に不安な気持ちで目と耳を傾けていた。
7時過ぎ、職員室からみる天候は、雨雲が深 く垂れこめているものの、まだ雨は降り出して いない。しかし、時折生暖かい風が吹く。雨が 降りだすのも問もないであろう。
暗い思いを巡らせていた時、「園長先生!教 頭先生!朝ごはんを食べましたか?」の予期し ない明るい声に私は振り返った。手に風呂敷包 みを下げた運動着姿のH先生が息を弾ませてい た。急いで歩いてきた様子だった。
私は、小学校の校長と幼稚園の園長を兼務し ていた。H先生は幼稚園の先生である。
幼稚園では以前から早番という勤務制度を取 り入れていた。家庭の都合で早い時刻に登園し てくる幼児に対応するため、通常出勤より35 分早い出勤を、3人の幼稚園の先生が交代で行っ ていた。
7時30分出勤の早番にしても早すぎる。H 先生は今日は早番ではない。彼女には1才の女 の子と幼稚園の男の子がいる。普段の出勤でも 忙しいはずの朝である。
その彼女が今の時刻こ出勤とは・・・。
「台風が近づいてきて心配ですね。ひどくな らないといいですね。お腹がすいたでしょうか ら食べて下さい。」と、彼女は包みを私に手渡 して幼稚園に戻っていった。
風呂敷包みの中には、私と教頭への温かいお にぎりが2個ずつ、ゆで卵ときゅうりの漬け物 が入っていた。
彼女が私たちの早朝出勤を知ったのは、前日 に私が、明朝6時に非常連絡をする旨を職員に 話しておいたからのようだった。早朝出勤のた めに、私はささやかなおかずの弁当を持参し、 既に朝食を職員室で済ませていた。
彼女からのおにぎりを頂いたのは昼食の時で ある。おにぎりは少し冷たくなっていたけれど 私には温かい心のこもった大変おいしいおにぎ りだった。
土曜日のこの日、授業を2校時限とし、雨が 激しく降りだす少し前に児童、園児を帰宅させ ることができた。
H先生に心配して頂いたあの朝の一言とおに ぎりの味を私は大切に心に留めている。