福島県教育センター所報ふくしま「窓」 No.122(H09/1997.11) -001/042page

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◇巻頭言◇

高宮写真

         耳と心を傾けて

          教育センター教育相談部長 高宮政博



 「心の扉には取っ手が内側にしかついていません。外側には取っ手がないのです。私たちは切に子どもの心を知りたいと願っています。心の扉の外側に取っ手があれば、君はどんなことを考えているの、あなたはどう、などと言いながら、その取っ手をとって、相手の心の中をのぞき見ることができるでしょう。しかし、それはできないのです。外側に取っ手がないからです。」(谷昌恒教育力の原点」)

 教育相談部に籍をおいて、何度も心に刻んだ言葉である。

 小学校3年生のべ男は、粗暴な振る舞いをくり返し、うまく学校に適応できないことからマイナスの自己イメージが強く、心を固く閉ざした子どもである。

 3度目の来所のとき、廊下を小走りに歩き出した彼は一枚の絵の前を通りすぎようとしてふと足を止め、絵に見入り「ああ、これはいい絵だなあ。」と言った。それは、コスモスがいっぱい咲いている原っぱで石に腰をかけた一人の少女が、一輪のコスモスを手に持っている絵だった。

 S相談員の「どうして、いい絵だと思うの?」の問いに、彼は「この女の子はコスモスが大好きなんだ。きれいな大好きなコスモスと一緒にいられていいなあ。」と言って、しばらく絵に見入ったという。

 粗暴な振る舞いをくり返すA男にこんな優しさがあるということを知ってうれしかったというS相談員の報告に、私は心を熱くした。

 S相談員が心を固く閉ざしたA男に対して、受容と共感の姿勢で接し、辛抱強く話を聴いていたことを思い出した。二度、三度のふれあいの中で、ゆったりと話を聴く態度で接してくれるS相談員と信頼関係を育んだA男は、心の扉をそうっと開いたのかも知れない。

 子どもを理解するということは難しいことである。そして、時間がかかる。相手の心を知ろうとして無理やり外側から扉を開けようとすると、扉はなお固く閉ざされる。特に、心が傷ついている子どもは、外側からの刺激にとても敏感である。

 様々の花のどれが美しいと決められないように、子ども一人一人にはそれぞれによさや可能性があり、成長力がある。焦らず、否定せず、信じて寄り添いながら一緒に考えてくれる人がそばにいれば、子どもはいつか「心の扉」を自力で開き、逞しく歩み出すと信じている。

 児童生徒の問題行動が多様化・深刻化している今、私たち教師が真剣に考え取り組まなければならないこと、それは「ゆとりをもって子どもの話を、耳と心を傾けて聴く」ということである。「傾聴」こそ子どもが「心の扉」を自力で開き、逞しく生きるための力を育むことになるだろう。


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