福島県教育センター所報ふくしま「窓」 No.122(H09/1997.11) -038/042page

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随 想

     両 面 感 情

                    学習指導部主任指導主事 遠藤 光

 小学生の頃の記憶……家の裏の方で耳をつんざく金きり声があがった。駈けていくと、畑仕事をしていた祖母が唐ぐわに両手でつかまり、うずくまっていた。「ドウシタノ」といぶかると、「オオキナミミズガ………と祖母が乾いた声を出した。表情のない蒼い顔が大きく見えた。ミミズに遭い驚愕し、力が抜けた姿だった。私は「ソノミミズハドコ?」と聞くことはできなかった。ミミズヘの嫌悪感が口を閉じさせていた。祖母の隣に立ちながら、遠い祖先から流れ続いていて、あらがうことができない感情遺伝子を自分も扱いかねていた。

 ミミズに絡んで釣り上げられてくる光景の一つに朝の校庭がある。前日の雨の水たまりが乾きはじめて、地面の粒子の一粒ひとつぶが陽の光を浴びてキラキラと輝く校庭に……忌避すべきミミズの死がい。腹這いの跡を延々と辿っていくと、そこには必ず、息絶えた姿があった。目を背けながら、理解できなかった。途方もなく広い人海原のような校庭に、なぜ這い出すのだろうか、力尽きるのは目に見えているのに。

 ミミズヘの思いは変わらないまま、30年余りが過ぎた。我が子に渓流つりを体験させようとして、私は目をつむるような思いでミミズをとらえ、二人でイワナがいるという奥山に向かった。まず一匹を釣ってみせて、それから子どもの釣竿を準備してあげようと考えた。暴れるミミズを押さえ、釣り針に通す。釣竿を引き延ばし、釣り糸を静かに下ろす。餌は小岩の多い渓流の流れにのった。あたりはない。もう一度、上流から釣り糸を旋回させようとした時、背後から強い声がした。「ミミズヲハヤクニガシテ!」「ずぐに釣れるから静かに!」「ハヤクミミズヲツチノナカニカエシテ、ボクハツリハイヤダ」と声は半ば泣きはじめた。

 その話を子どもの祖父にしたところ、それらしい理由がわかってきた。祖父は孫のために庭に小さな畑をつくって、野菜づくりなどして四季の折々を慈しんでいた。孫にとってミミズは幼いころから土の中で触れあい遊ぶ友だちであり、一緒に畑仕事をする仲間なのだという。

 以来、私の中で30年以上も生き続けたミミズヘの感情遺伝子に、異変が生じた。忌み嫌う側に一方的に傾いて安定していた感情が正反対にある親しみの方へ少し傾き、妙な位置で不安定になってきたのである。 Even Ba1anceと呼べない上皿天秤の様相を呈しはじめてきた。

アンビバレント(両面感情)状態なのである。

 あの校庭のミミズたちは、雨で水びたしになった住みかを追い出され、流浪しているうちに、太陽め紫外線を全身に浴びて、壮絶な死を遂げたのだと知ったのは最近のことである。外国の小学生の教科書にある挿絵付きの物語的なミミズの頁も目で受けとめることができた。荒野に放たれたミミズたちが築き上げた農地の歴史を歌いあげたのだろうか。最後に次の一文がある。

The Earthworm may we11 be the hardest working gardener in al1 over the wor1d.


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