福島県教育センター所報ふくしま「窓」 No.124(H10/1998.7) -012/042page

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真壁  人間関係が希薄になってきているということで言うと、実際、クラスの子どもたちと話しをすることが時間的に難しくなってきていると思います。しかし、短い時間をうまく使えないか、とも思うのです。朝自習の時間など、ただ見ているのでなく「顔色が悪いな」とか、廊下ですれ違った時に「きのうの試合、どうだった。」などと聞いてあげる、生徒たちに気軽に声をかける、担任していて全員と話す時間はないが、内容はともかく話しておくだけでも違うのではないか、と思います。中学校としていかに工夫できるか、ということです。
 また、家庭との連携や親御さんと協力していくことも大切だと思います。例えば、家で掃除をしたことのない子がどうして学校で掃除ができるでしょうか。ほうきの掃き方、、雑巾のかけ方など、決して家庭に押しつけるのではなく、家庭と一緒になって子どもたちに教えていく必要がこれまで以上にあると思います。
 親御さんと連絡を取り合い、話しをしながら取り組んでいくこと、できることは何なのかを考えていかなければならないと思います。

伊深知子先生 藤田  そうですね。時間の悩み、家庭との連携強化ですね。
 はい、迎先生。

  不登校から立ち直った生徒への対応など、生徒に対する指導は学校の共通理解のもとに行なっています。こどもはかわいいのだがどう対応したらいいのか分からないという保護者と連携をしなければならないこともあり、私は学校が機能していないとは思っていません。例えば、保護者との面談を行う際、家庭と学校がそれぞれ担う役割や指導の在り方など、具体的に示すようにしています。
 また、学校の諸活動の中で「心の教育」を行うことは可能だと思っています。その場合、組織的に行うことが最も重要なことだと思います。私たちの学校は進学校としてのイメージがありますが、進学校だからこそ心のことが分からなければならないと「心の教育」に心をくだいています。例えば、文化祭にかなり力を入れてやっていますし、文化講演、そして先輩からの話など、意識して対応しています。ただし、生徒たちの要望に合わせるにしても範囲が限定されてしまうし、時間的なゆとりが少ないといった現実もあります。

藤田  伊深先生、どうですか。

伊深  掃除一つ取っても、体験的な学習を通して、地域の人にも協力してもらいながら、生徒の心を育てていくような場がなかったと思うんです。その意味で、何もかも学校で背負い込まないこと、全て学校で背負い込んではダメで、地域の人に協力してもらわなければならないこともあると思います。学校、家庭、地域の協力無しでは、心を育てる教育は難しいと思います。これからの学校は「開かれた学校」にしていかなければ、学校が機能していかないのではないかと思います。


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