福島県教育センター所報ふくしま「窓」 No.124(H10/1998.7) -014/042page
りすることにより、目上の人との付き合い、触れ合いを持てるようにしたわけです。
子どもたちは「知っていても分かっていない」ということがある。例えば、いじめはよくないと分かっていると思っていたが、ロールプレイングで役割り演技をしたら案外と反響が大きく、「これはつらい、ムカムカする」と言うわけです。そういう体験的な学習を通して感じとらせることも必要なのだなぁと最近強く思います。藤田 ロールプレイングだから本当ではないと分かっていて、ですか。なるほど。子どもは群れて遊ぶものだと思いますが、そういう場を作っていかなければならないということでしょうか。はい、真壁先生。
真壁 今年度始めの身体検査の眼科検診の日にあったことですが、全校生が体育館に集まったのだがお医者さんが遅れて到着しないということがありました。どうしようもないのでしばらく自由ということにしたのですが、この時、「先生の中学生の頃はどうだったの」とか「いつ先生になろうと思ったの」などと聞かれたりして、生徒たちといろいろな話ができたんですが、普段と違う生徒の姿や表情を見ることができました。話しをしている先生方も普段の構えているようなところがなく、にこにこと話していて、生徒たちも、「何でもない時間がもっとあるといいね。」などと言っていました。何か特別なことをしていくというのでなく、生徒ともっとフリーに話ができる、そんなゆとりが必要だと思いました。
もう一つは、中学生は部活動が中心になり、いろいろな体験の中で多くのことを学んで、卒業文集などにも多くの生徒が部活動のことを書いています。しかし、このことをよく考えると、部活で成功したり一生懸命やったことがあるから書くわけで、中学校は部活動以外にももっともっと多くのことを学べるようにしていかなければいけないのではないか、ということを感じます。
それから、縦割り班の活動なども、安易に班を構成すると生徒指導上の問題になってしまうこともあるので、いろいろな配慮をしながら、うまく機能を生かして取り組んでいきたいと思っています。迎 かつて、農業高校に勤務していた時のことですが、ある生徒が豚の出産に立ち会い、一生懸命世話をし、出産に感動していた姿を忘れることができません。この生徒は日常生活では問題のある生徒だったのですが、本当は心のや