福島県教育センター所報ふくしま「窓」 No.125(H10/1998.11) -002/042page
玉川大学文学部 江 橋 照 雄
○ はじめに
ここに言う「豊かな社会」とは、言うまでもなく、「心の豊かな社会」であり、「人間らしさのただよう社会」のことである。
勿論、現代の人間の社会において、物質的な豊かさや、利便性を否定するようなストイックな論理を展開するつもりはない。むしろ、物質的な豊かさと、精神的な豊かさが調和するところにこそ、真の「豊かな社会」が実現するものと考えている。
しかし、残念ながら、現代社会は、物質文化を優先し、物の豊かさに溺れ、利潤追求に明け暮れて、「心の豊かさ」や「人間らしさ」を失ってしまっている。それが、青少年にも暗い影を落とし、人間としての好ましい生き方やブライドを見失ったような行動をとる者も増え、更にまた、これまでには予想もされなかったような凶悪な青少年の犯罪を生んでいる。
このような状況から、子供たちを救い出し、立ち直らせて、豊かな心に支えられた21世紀の社会の担い手としての人材を育成するために、今、我々は何をなすぺきか、ささやかな提言を試みたいと思う。I.「豊かな心」について
1.「豊かな心」を持つ人間の具体的な姿
まず、ここで「豊かな心」についての共通理解を図るために、筆者の描く「豊かな心を持っ人間」の具体的な姿を示してみたい。
まず第1に、温かく、相手の気持ちに共感することのできる人聞である。つまり、常に、相手の気持ちを温かく理解・受容し、共に喜び、時には悩み、悲しみ、心を一つにすることができる人間である。
第2には、人のうるわしい行為や、自然の美しさ、優れた芸術作品の美しさ等を、素直に美しいと感ずることができる人間である。
第3には、豊かな教養があり、広い視野で深く考えることができる人間である。偏狭な世界観や社会観にこだわりを持ち、それを相手に押しつけるような人間は、豊かな心を持つ人間とは言えない。
第4には、自主・自立の精神を持ち、自己責任を真っ当に実現することができる人間である。各人が担う様々な社会的な役割を、相手や、その場の状況等に応じて十全に果たすことができる人間である。
第5には、相手を心から尊重し、相手の立場に立って誠実に行動することができる人間である。自己中心的な考えを排除し、常に、相手を優先して行動でき、それが、自分自身に対しても誠実な生き方になるような人間である。
以上、5つの具体像を示したが、これを、全て満たすことは至難であるが、生涯にわたって一歩でも近づくように努力する過程において豊かな人間に成長するものであると考えている。