*登場する人物は,すべて仮名です。
1 進路指導室にて
「今日も一件もなしか……」
夏休みも終わろうとしていたある日,進路指導部長の山本先生は去年の半分にも満たない求人票を見つめながら,昨日と同じため息をついていました。
山本先生の勤務する学校は,7割以上の生徒が就職を希望する普通高校です。昨今の社会情勢を考えれば,今年の求人が非常に厳しいものになるだろうということは,去年から予想されたことではありました。しかし,現実は山本先生の予想をはるかに超えていました。
「定年の年にこの状態とは……」
山本先生は深いため息をつきながらソファーに腰を下ろしました。そこへ3年6組の坂本君が入ってきました。
坂本君
|
: |
失礼しまーす。先生,今日は? |
山本先生
|
: |
残念でした。 |
坂本君
|
: |
えー!まだ来てないのぉ!? |
山本先生
|
: |
だから前から言ってるだろう。今年は難しいぞって。県外分を合わせたってこれしか来てないんだ。お前が車の整備をやりたいって気持ちはわかるが,現実はこうだからな。上田先生とも話したんだが,もう少し職種を広げて考えてみたらどうだ? |
坂本君
|
: |
嫌ですよ。俺,ぜったい整備がやりたいんです。 |
山本先生
|
: |
そうは言っても求人が来なければどうしようもないだろう。 |
坂 本君
|
: |
……先生,俺待ちます。求人票来るまで。 |
山本先生
|
: |
待つのも一つの手段だが,もしこのまま求人が来なかったらどうするんだ? |
坂 本君
|
: |
………。 |
|

坂本君は,成績も生活態度もそれほど良いと言えるような生徒ではありませんでした。現に1年生の時に一度,2年生の時にも一度万引きで謹慎指導を受けたことがありました。それでも進路については1年生の時から「整備士になる」という目標を持ち続けており,担任の上田先生にもそのことは伝えていました。しかし上田先生は「頑張れ」「もっと勉強しろ」と励ましてはくれましたが,「一緒に考えてくれる」ということはあまりありませんでした。そんな上田先生を,坂本君はどことなく物足りなく感