帰去来 日本画家・安藤重春(2/4)

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平福百穂について
時間: 35秒
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「これはまた簡単さ。これはホントに・・・墨絵ですからね、あの先生。墨絵そっくりの先生。味ですよ。言葉に味がある。色々いろいろこうやんない。『あ、いいなぁ。』、それだけ。」
川合玉堂について
時間: 1分30秒
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「これは洋服着て来たことない。和服でね。ピャッとこう、袴をはいて、そして髭をこう・・・。実に丹頂鶴みたいな先生だったな。すらぁっとして。そして慌てて走らない。スッ、スッ、スッ、スッと走ってた。あれが印象的ですね。それで、喋るのにもベラベラ喋らない.これはお恥ずかしい話ですがね、『安藤君。これはいいね。しかしね、もっと簡単に描ける方法があるんだよ。』そう言って行っちゃった。これはいい勉強になったんですよ。これは、細かに描くのは序曲だ、これからは一生懸命勉強して、センス・・・心を描くようになりなさいという意味なんだ。年とって初めて分かったんですけど。そういう人でしたね。」
作品「笹」
時間: 34秒
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玉堂に『もっと簡単に描け』と言われたのが、この『笹』という作品である。そして『あんず』。この二作品からは、細密な写実表現を得意とした結城素明の影響が色濃く見える。その結城が代表を勤める、大日美術院の第一回展にも入選し、安藤の前途は揚々であるように見えた。

戦争
時間: 37秒
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しかし、二度の戦場への召集がそれを阻んだ。そして、昭和20年5月の東京大空襲を契機に、郡山へ疎開し、ここで終戦を迎えた。郡山も空襲で大変な被害を受けた。この絵は、福島市出身の洋画家、吉井忠が描いた、終戦直後の郡山駅東部の風景である。画面左側には、爆撃でできた窪地に水がたまった、通称、爆弾池が描かれている。
「帰去来」
時間: 24秒
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中国の詩人、陶淵明の名作『帰去来の辞』、それは、荒れ果てた故郷の風景に衝撃を受けた、安藤の心境そのものであった。帰りなんいざ田園はまさに荒んとするに何ぞ帰らざる。
郡山の風景
時間: 22秒
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安藤は郡山の風景を描き出した。戦後の復興、そして開発という御名の元に、次々と姿を変えていくであろう故郷の風景を画面にとどめておきたい、その一心で絵筆を振るったのである。

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郡山市の許諾を受けて福島県教育委員会が加工・掲載しています。