北会津村誌 -041/534pag

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坂下2となっている。非住宅では玉路12、本郷20、神指230、勝常31、金上40、広瀬40、堂島3、慶徳2、川西3、坂下2、若松5、町北50、高野74、塩川10となり、流失三棟は玉路2、坂下1である。次に田畑の埋没では玉路7ヵ所18,190ヘクタール、門田15ヵ所7,000、川南1ヵ所2,300、館の内6カ所15,000、荒井25ヵ所、神指1ヵ所350、勝常2ヵ所4,000、金上4ヵ所10,000、広瀬5ヵ所13,000、堂島1ヵ所5,000、坂下1ヵ所2,000、町北4ヵ所8,000ヘクタールとなる。これを5万分の1地形図に詳細に書き入れて洪水分布図をつくってみると、挿図の如くになる。これには各部落位置を省いてあるので、大体の見当しかつかないかも知れないが、嘗ての会津の堤防決潰、隘水による水害常習地を、広範囲に、殆ど含んでいるのがわかる。ただ雨量が異常に多かったのに、山科の洪水高水位がはる

会津盆地洪水分布図 
昭和16年(1941)7月21〜23日
会津盆地洪水分布図

   

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