北会津村誌 -266/534page
下荒井の樹令数百年に達する熊野神社の杉森 これは保科正之になり、神仏分離が行なわれて蓮華寺を離れた。
3、八幡神社、熊野神社の由来 元徳元年(一三二九)下荒井築城の際、前領地の耶麻郡叶荘八幡の地から、当時の下荒田、現在の宮の下の八幡宮と一緒に、三の丸の西北隅に奉遷したと伝えている。宮の下八幡にも天文二十四年の棟札が残っているが、同月日のものがここにも次のようにみえる。
大沼郡西十二村之内下洗
井八幡宮修造成
榜 日
富田美作守 藤原滋実
日出山豊後守 平実顕
崇八幡之神霊 天文二十四年(一五五五)乙卯蔵
九月二十九日 修理之
廃城になっても残っていたものを、寛文年間(一六六一〜六七二)藩公の命によって服部安休が熊野神社に合祀して、今は三の丸八幡前という地名だけが残っている。
飯豊山護摩符