北会津村誌 -365/534page
山を想起するような河原に松林でも あったのかも知れない。
もとは真言宗であったとあるが、 越後の国名などとも関連があり、朝鮮より渡ったかと思われるおしら即 ち白山神社系統の普及と共に、裏日本文化の系統を暗示するもののよう である。
この境内に「瑞一宇奉神社大正三年八月吉日」と記した高さ一・〇六 メートル、横七七センチの大きな石の碑が建ててあるが、これは大川よ り柏原・下米塚の青年があげ、土びきして運んだもので、磨滅の状態か ら大川を流れてきたものであろうが、附近の大川も、大洪水になると、 このような大きな石まで運びこむことのできるのに、驚異の眼を見張る だけである。2、松林山円城寺 こちらの山号には柏でなく松がついている。松林