北会津村誌 -398/534page
その他の振舞などの際も、決して、一戸の家族だけで出来ることではないので、お互に呼んだり、呼ばれたり、 葬式には米見舞、おふかし何升見舞など、婚礼その他の物ごとに集る際は、野菜などを、近隣、組内の人々は持 寄るのが慣行である。このようにしで、部落は、決して、一戸が孤立して生活しているものでないことは、様相 には移り変りがあっても、現在も行なわれていることに変りはない。
これに協力しない者は、村に住みつけないので「村はずし」などといって、制裁なども行なわれたことがあっ た。村休みの日に働いたとか、三番太鼓打ったのに、野良からあがって来なかったとか、鶏を五羽以内飼うとか、 野放し飼いをしてならないとか、しかし、これらに対する制裁は、社会生活維持のためには大変大切であるが、 これが行き過ぎると、法律的制裁とは異なり、基本的人権の問題にもふれてくるので、現在行なわれている例は 聞かない。
第二章 衣・食・住
一、衣 服
1、晴れ着とふだん着と労働者 晴れ着は俗にいいきもんなどといって、婚礼や葬式などに着る。男は紋付・ 羽織・袴、女は裾模様のついた黒紋付などで、他地方と較べて特に変ったところもないが、葬式の時、祭主およ び近親の人々が麻かたびらや、かみしもをつける人をまだ多く見受ける。これは古い時代の着物や、武士・名主 などの格式ある家の晴れ着を真似たもので、せめて葬式などには、古風を固持しようとする気風が残っているた