北会津村誌 -399/534page

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めと思われる。ごく稀には長男の婚礼の三々九度の杯事だけには、かみしもを着せている家など、特に、旧肝煎 などの家風として残っているのを見受ける。晴れ着はどこまでも晴れ着で、着古したからと、ふだん着とか、か せぎ着物にするような場合は殆どない。絹物などを用いたものが多く、きじそのものも異なるためかと思われ る。

 平常用いる着物はふだん着といっており、なが着物で、村休み日に家の内で生活しているとか、小用たし、一 寸した町歩きなどに用いている。勿論、夏と冬で綿入れや、はんてんなどをつけるなど、季節による差異はあ る。晴れ着は古くからあまり急激な変遷はなく、旧習を固執しょうとしているのに、このふだん着は、最も流行 を追うて、きじは勿論染柄、仕立て方などにも変遷がはげしい。特に終戦後の急激な変化は著しく、夏物の女の 短か物、薄物など洋装的になっているのが目立つ。男物が洋服的に変ったのは戦事中からでもあるが、特に敗戦 による引揚げ者、流し物などが、農村にもゆきわたったためである。

これに対して労働着はかせぎいしようなどといって、男物は戦争中から、ふだん着と共に、急激に洋装的になっ たが、女物のじばん、さらっぱかまのかせぎ着物はあまり変っていない。永い間、最も労働に適するように、工 夫し尽された、粋な、野良の美装として発達しきっているためかとも思われる。

 2、さらっぱかまとふたはばてぬぐい 上にはじばん、下にはさらっぱかま、頭にはふたはばてぬぐいに、す げ笠、或はあみ笠というのが、北会津村は勿論、会津盆地一般のかせぎ着物である。

 さらっぱかまの野良袴としての合理性、美しさは、他に比類がないではないかと思う。その類似袴の分布や、 名称の変化・発達の経過など考えてみると面白い。(やろうももひき、もんぺ、さらっぱかま、ゆっこぎ―野良 袴に対する一考察―山口弥一郎、東北民俗誌、会津篇、昭和三十年五月刊)


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