北会津村誌 -410/534page
風もあった。
野良の仕事が忙しくなると、おひるの中食を野良で食べる風があるが これは単な仕事の都合の思いつきでなく、古く一日二回の食事を、野良 でおひるを食べて三回の食事になる頃よりの伝統があるようにみえる。 多忙、過労な季節になると、そのまた中間に、こびる、休みとかいって 午前と午後に入れるから、都合五回の食事にもなることがある。秋か冬 の夜ながのよわりには、もう一回夜食というのをとることもある。
いっぱい椀で一日一人五合を基準として食べていた頃より、農村、特 に水田単作地帯の農村では、米の過食のことが気付かれていた。満服感 ばかり主眼として、蛋白質とか、ビタミン類の摂取が不均衡であったよ うである。卵は勿論、肉類・牛乳の類は病人食のようにさえ思われてい た時代が、つい大正の頃まであったようにさえみられる。
栄養のある食物の配分、一般に温かい食物をとるようになったこと、 一日三回、しかもかてを食べなくなったことなど、近頃の毎日の食事の 変化かとみえる。そして、食事の際の敬虔さといおうか、釜神や神仏に 供えてから、しかも自分の箸をとるとき、軽い祈り、感謝をこめるなど の風は、とみに失われようとしているようにみえる。