北会津村誌 -429/534page

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 1、さえんばの有利性 寛文五年の書上げなどをみても、既に城下町が発達して、旧中荒井組・橋爪組、即ち 現在の北会津村の地域が、その野菜補給地であるがように、蔬菜類の産が目立つように記載してある。これは、 旧鶴沼川の扇状地で、下部に厚い礫層の横たわる地域が多く、水田はざる田、即ち田の水が滲透してしまうか、 中州は既に湿地に対して、やや高味で、灌漑する用水を得難く、むしろ蔬菜や、果樹類栽培に適するという好条 件もあったようである。

 屋敷の中の蔬菜園をさえんばたけなどいっているが、会津の城下町にとって北会津村はさえんばの役目を果し

大川扇状地のさえんばたけ(さといも畑)(41.10.16写す)
大川扇状地のさえんばたけ(さといも畑)
  (41.10.16写す)

大川扇状地のさえんばたけ(こぼうばたけ)(41.10.16写す)
大川扇状地のさえんばたけ(こぼうばたけ)
  (41.10.16写す)

冬のねぎ掘り(西麻生で)(昭和42.1.6)
冬のねぎ掘り(西麻生で)(昭和42.1.6)


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