北会津村誌 -453/534page
る。
年があけると正月であるが、ラジ オ、テレビなどの普及によって、除 夜に歌合戦をみたり、除夜の鐘をラ ジオを通して聞いたりするようにな って、雪道を朝早く氏神参りするこ とも少なくなった。もとは元朝参り とは、若者、やや育った子供たちの はりのある行事でもあったようで、 東山の羽黒山、高田の伊佐須美神社 塔寺の八幡様、時には柳津の虚空蔵 様まで雪深い道を、足をのばす健脚 な若者もあった。
正月三ヵ日には宮参り、若水くみ、御年始などのこともあるが、重要な行事は、小正月ともよぶ十五日を中心と して行なわれることは、注意する必要がある。昔は四季の節は意識しながらも、太陽から折目を見とることは容 易でなく、東洋では特に太陰月が普及していたように、月の満ち欠けをみて日月の移りを知ることが多かった。 一年の折目はこの小正月にあったのではないかと、重なる行事をみて考察している人もある。
貞享二年の風俗帳などをみても、元旦の若餅、これは朝搗く餅のことであるが、近年元旦に餅を搗く家は少な