北会津村誌 -493/534page
人が鎮守の森に送ってくれるにはまだ時間がある。どうした事かと手燭をつけて出て見ると、その辺では見かけ たことのないお侍さんが立っていた。
『お頼み申す 拙者は武者修業の武士であるが道に迷って難渋いたしおる 失礼だけんじょ今夜一晩泊めてく なんしょ』と言ったそうだ。
庄屋様は
『いつもならお安い御用だげんじょ、今夜はちょとばっかり取り込んでいやすでない』と断ろうとしたが侍は 聞き入れない。
『さいぜんより村の様子を見て歩いたが、村中火の消えたように淋しい。これには深い訳があんべい。拙者も旅 の者とは言え武士の端くれ。ずいぶん力になってやんべい。弱い者を助け強い者をこらしめんのが武士の意地だ』
『そんじゃまア 上ってくなんしょ』
ということで座敷に通して一部始終を物語って娘を中にして夫婦は泣いた。お侍は、
『不思儀なことを聞くもんだ。人間に情をかけてこそ神様つうもんだ。それは神様の名を騙る魔性のものの仕 業に相違あるめえ。拙者が娘御の身代りになって退治してくれべえ』
と勇み立ち狭い場所で長い刀は邪魔になると、庄屋の家重代の二尺ほどの刀を借り、自分の刀を替りにおいて、 娘の羽織る裲襠(うちかけ)を被り、唐櫃に入って時のくるのを待った。夜も更けて六人ばかり村の若い衆が身 仕度して集り、お侍を入れた唐櫃を担いて鎮守の森指して飛ぶように走りつづけて、お宮の前の石段に置くと跡 も見ずに帰ってしまった。唐櫃の中でお侍は刀を抜き魔性が蓋を取るのを今や遅しと待ち構えていた。夜はしんしんとふけわたり、子の