北会津村誌 -502/534page

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あげ、雪だるまつくりなども、季節により、今も行なう子供がある。川魚とりなども、さつきの堰あげが済むと 夜づき、やなかけ、又二百十日を持ちかねて小堀をほして、かいぜっしょなどするのも、漁業というより、子供 の遊びにちかかったかと思う。

 ぞうりを返して主に天気占いをしたり、繩を輪にして二人でくびに廻して、くび引きをしたり、輪ころばしな ど、時には二人乃至数人で、かけごと、競争のような意味を含めて、たくさんの遊びを持っていたようである。

 老人、大人には郷愁をさそうことに違いないが、今の子供の遊びを見護り、温かく、正しく育ててゆくことも してやらなければならないと思う。

第一〇章 民 俗 芸 能

  一、小松彼岸獅子踊

 1 三匹獅子由来 城下町会津若松を中心として、会津高田町西勝、喜多方市下柴・中村、田島町の粟生沢・ 高野、磐梯町の赤枝、河東村の槻木・大和田・西窪、若松市内にも東神指・天寧・本滝沢・北滝沢・荒久田・居 合と一五組ほどの三匹獅子舞があつて、会津だけは、春の彼岸に仏供養のため村の寺院か、新仏の家、時には若 松にくり出して舞うので、これを彼岸獅子と呼んでいる。この中でも、小松の獅子は、粟生沢などと対比しても 劣らないほどの来由と、古い民俗芸能を受けついでいるので、北会津村では今では、唯一最高の残された芸能と いってもよい。


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