サクシード2中学校国語から高等学校国語へ-014/81page

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(2)言葉を定義する
   一「生きる」という言葉から一

●辞書をひくこと
 問いかけの一つの方法として、「?とは、何か」を考えることが思考の出発点になる場合が多いと言えます。難しい課題に直面した場合にも、原点に立ち返るという観点から、物事の定義を考えることによって、困難な問題の解決法が見つかることも多いのです。
 普段はなにげなく用いている言葉を定義することによって、物事の本質に迫ることができ、そのものの意味が実感をともなって分かることも多いと言えます。

例えば、「生きる」ということを考えてみましょう。「生きる」という言葉は、日常でもよく用いられる言葉の一つです。しかし、よく考えてみると「生きる」という言葉の意味は人によってとらえ方は千差万別です。

▼生きる
生命を持ったものとして生まれ、休むことなく運動・呼吸や活動を続けながら、この世に存在を保つ。
(「新明解国語辞典」三省堂)

▼息と生キとを同根とする言語は、世界に例が少なくない。例えばラテン語のspiritusは息・生命・活力・魂、ギリシア語anemosは、空気・息・生命、ヘブライ語ruahは風・息・生命の根源の意味。日本の神話でも「息吹のさ霧」によって生まれ出る神神があるのは、息が生命を意味したからである。
(「岩波古語辞典」岩波書店)

 よく使う、しかも簡単だと思われがちな言葉も、一度立ちどまって考えてみると新たな発見があります。自分自身で定義することで、問題を深くとらえることが可能になるのです。
 また、言葉を定義をするときに、自分とは異なる視点から見るということも、思考を活性化するうえで意味があります。例えば、人間ではないものの視点で考えることによって、普段自分が見落としていたことや、自分とは立場の異なるものの見方、考えてもみない新たな面が見えてくることがあるのです。夏目漱石の『吾輩は猫である」などは、猫の視点から人間を描き出していると考えられます。
 なお、辞書をひく場合は、一つの辞書だけでなく種類の異なるいくつかの辞書をひいて、比べることも大切なことです。

「生き」と「息」

●定義の多様性
 辞書に頼るだけでなく、自分自身で定義を考えることも有効です。
 自分が見たこと、あるいは経験したことをもとに、言葉を定義し直すことによって、物事は大きくその面を変えるのです。例えば「ボランティア」という言葉も、誰の立場に立つかによってその定義は異なる場合があります。
 大切なことは、辞書を鵜呑みにするのではなく、自分自身の「経験や言葉」で定義することなのです。

授業の窓

中学校の教科書から

 自分の使う言葉を、すべての人が知っているとはかぎらないし、その言葉を知っている人でも、自分と同じ意味で理解しているとはかぎらない。したがって、言葉を定義して使うことも必要になる。
次の例のように、言葉を定義して文章を書いてみよう。
 〔例〕わたしは、「健康」について述べます。ここで、わたしがいう「健康」とは、病気にかかっていない状態ということではなく、健やかで元気だという積極的な意味です。
(「国語3」光村図書P.75)

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