サクシード2中学校国語から高等学校国語へ-031/81page

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 突然、追憶が浮かび上がった。この味、これはコンブレ時代に、日曜の朝(日曜日はいつもミサの時間より前に外出することはなかったので)、私がレオニ叔母の部屋へおはようを言いにいったとき、叔母がよくそのお茶や菩提樹花の薬湯を浸してすすめてくれたあのマドレーヌの小さいかけらの味だったのだ。味わってみるまでは、プチット・マドレーヌを見ても、何一つ思い出さなかった。というのもおそらく、これまで菓子店の棚で幾度となく見ていても食べずじまいで、ついにその心像がコンブレ時代の日々と離れて、より新しい他の日々に結ばれていたからであろう。
またおそらく、かくも長い間、記憶の外に捨てられていたそんな追憶からは、何一つ生き残っているものはなく、すべてが分解してしまっていたからであろう。ものの形もまた謹厳なつつしみ深い襞につつまれてあんなにも豊かな肉感をたたえている菓子のあの小さい貝殻の形もまたあるいは無に、あるいは夢に帰して、ふたたび意識に結びつくだけの膨脹力を失ってしまったのだ。しかし古い過去から、人間の死後、事物の破壊後、何一つ残るものがなくなるときも、ただ匂いと味とだけは、もっともごくか弱くはあるが、それだけ根強く、非物質的に、執勧に、忠実に、なお長い問かわることなく、魂のように残っていて、あの追憶の膨大な建築を、他のすべてのものの廃墟のうえに、喚起し、期待し、希望し、匂いと味の極微のしずくのうえに、しっかりと支えるのだ。
(「失われた時を求めて」第一部 コンブレマルセル・ブルースト 淀野隆三・井上究一郎 訳 新潮社より)

 夢や記憶の持つ意味は、さまざまな面から考えることができますが、私たちが想像力を羽ばたかせ、豊かな創造をする源としてとらえることもできます。

考えてみよう
■朝、自分の見た夢をメモしてみよう。
【場所】
 ※
【人物】
 ※
【流れ】
 ※
■自分にとって忘れられない記憶を思い出してみよう。
 ※初めて、隣町に行ったときに見た川の流れ。

 ※山頂から見た朝日と刻々と色を変える空の色。

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