教育福島0004号(1975年(S50)08月)-036page

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わが町の生がい教育

 

生がい教育の視点と内容

伊達郡霊山町教育委員会

 

ががたる霊山の黒い岩膚をうす絹のようにつつんでいたさ霧が静かにあがってゆく。子供の村・児童館の屋上に立って霧の中から、しだいに全容をあらわす霊山の姿を見つめていると、今は遠い一千年の昔、慈覚大師開山による僧房、堂塔伽藍のたたずまいが目に映じ、松らいに和して四囲の山々にこだましたぼん鐘の音が耳だに触れる思いがする。静かに眼をつむれば、北畠氏と足利氏の攻防激しい雄叫びさえ聞えるような気がする。世俗を超越してきつ立するこの山に向かうと、不思議に一千年の歳月を超えた歴史をよみがえらせてくれる。霊山町はこのような史跡と名勝を誇る町である。

 

今、霊山町教育委員会においては、自らのよって立つ基盤を知ることが生がい教育の基本である、との観点から町史編さんの事業に取り組んでいる。

 

また、春はわらび、ぜんまい、秋は豊富な種類のきのこなど、山菜の豊庫でもあるが、これが県都福島市より車でわずか二十分ぐらいの所にある町なのである。国道一一五号線が改修され沿線は都市化が著しく、したがって近代的なものと前近代的なものとが雑居している複雑な社会構造をなしている。人口およそ一万二千人余り、農業人口が半分以上を占めているが、その経営内容は近代化され、中小企業に勤めている主婦も多い。昭和三十年に一町三か村が合併して誕生した町なので八十七・八平方キロメートルで伊達地方第一の面積を有する。

このため生がい教育体制の整備にも一段と工夫が必要なゆえんである。すなわち学習の場を均等に提供するためには、どうしても地区館の活躍が必要となる。その必要性から合併前の旧町村単位に四つの地区独立館があり、中心部に中央公民館が設置されている。専任主事五名、社教指導員一名の陣容で、子供会の育成から高齢者学級までを運営している。

 

霊山町教育委員会における生がい教育の最高の目標は「人間性の回復」と「自発的学習意欲の啓発」ということにある。この最高の目標に基づき生がい教育の事業が編成され運営されているわけである。

 

多くの公民館で一般的に行われている学級の名をら列することは、省略するが、目だった動きの二、三を挙げれば、最近、民間有志指導者の積極的な協力とあいまって、とみに盛んになってきたのはスポーツ少年団活動である。在学少年の校外活動をいかにするかで頭を悩ましている昨今、スポーツ少年団活動の活発化はこの課題解決の突破口になるのではないかと、明るい希望を持っているところである。

 

もう一つの特徴は、多くの学級で放送を利用していることと、移動図書館を実施しているということであろう。これは生がいにわたって自ら学ぶ意欲と方法を習慣化し会得するために行われているものであり、情報選択能力の育成、その変形活用の具体的方策を勉強するためのものである。公民館に集らなくても二、三人の人が集まれば、それで学習グループができるように仕組まれている点が大きな特徴である。

 

ともあれ、学習とは与えられるものではなく、自ら学ぶものであるという視点に立って、絶えずその姿勢を啓発していること、これがわが町の生がい教育の姿であろう。

 

コーラスの練習風景

コーラスの練習風景

 

 

 


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